山本さんと山田さんが「まちの居間(リビングルーム)」として借りた木賃アパート。2階には山田荘に暮らす人や1階のシェアアトリエ、隣接する「くすのき荘トナリ」の2階にあるシェアオフィスの借り手が使えるキッチンやリビングルーム、風呂なしアパートである山田荘の住人が使える共同シャワーがある。山本さんは「(物理的に)離れているリビングルームがあることで暮らす人たちの間でちょうどよい距離感が生まれる」という。
かつては物流の倉庫だった1階は天井が高く、7つのブースがあるシェアアトリエになった。作家だけでなく、まちづくりや子どもの支援をする人なども借りており、通常は出会わないような人たちが同じ場所を使うことでネットワークや可能性が広がる。シェアアトリエブースのほか、不定期で入居メンバーによるイベントも開催するラウンジスペースもある。
2022年に1階にできた「喫茶売店メリー」は、「公園の売店のような」というのがコンセプトで、隣の公園に遊びに来た人たちや、駄菓子目当ての子どもたちが立ち寄ることが多いという。カフェができたことで、これまではメンバーだけが使う場所だったくすのき荘が、近所の人たちが気軽に立ち寄れる場所になった。また、中で起きていることが見える大きな透明の引き戸にしたことで、入りやすさを担保している。
上池袋は、もともと中国系、台湾系の住人が多かったが、ここ数年はネパールやインドネシアから移住した人も増えているという。かつて豊島区は地方から出てきた単身者が多く、下宿や風呂なしアパートがその受け皿になっていて、家族とは違う近隣のコミュニティが形成されていた。その後、そういった需要も減ってきて、単身者向けの空き家も増え、木賃アパートを改修もせずにおいてある。いっぽう、風呂なし木賃アパートの山田荘を「としまアートステーション構想」という文化事業の拠点「としまアートステーションY」にして活動した山本さんと山田さんは、「自分の家だけではできないことを実現する場所が欲しい」、「仲間が欲しい」というニーズがそこかしこにあり、それが、自然にご近所づきあいが発生する風呂なし木賃アパートの良さとマッチすることに気がついた。「としまアートステーション構想」は、豊島区文化政策推進プランのシンボルプロジェクトである「新たな創造の場づくり」のプログラムであり、アーツカウンシル東京が実施する「東京アートポイント計画」の一環として、東京都、豊島区、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、一般社団法人オノコロの連携により実施された。
今、山田荘にいるメンバーは新しく住み始めた人が多く、ウェブ検索でウェブサイトを見つけた人がメンバーに興味を持って、連絡をしてくることが多いという。住人による自治の場として、メンバーミーティングで課題解決をしながらシェアハウスが運営されているので、そこを踏まえて入居する必要があるが、山田荘の一室を借りている編集者の影山裕樹さん(千十一編集室代表)に、「かみいけ木賃文化ネットワーク」の良さを抽出して伝えるためのウェブサイトを作ってもらったことにより、その前提を理解した申し込みが増えたそうだ。
https://mokuchin-bunka.com/
※豊島区は1999年に区長に当選した高野之夫氏により、区民、民間企業、大学、NPOなどともに、文化によるまちづくりを進めてきた。2003年3月に策定した「豊島区基本構想」のなかで、文化によるまちづくりを基本方針の柱のひとつとして位置づけ、2005年9月「文化創造都市宣言」、2006年4月に「豊島区文化芸術振興条例」を施行し、「文化の風薫るまち としま」の実現に向け、さまざまな文化施策・事業を展開してきている。
くすのき荘に隣接するくすのき荘トナリは、1階が公園のようなカフェ、2階にシェアオフィスがある。山田荘の一室を借りている編集者の影山裕樹さんが代表を務める千十一編集室が企画している「EDIT LOCAL LABORATORY」のメンバーであるアートプロデューサーの橋本誠さん(ノマドプロダクション)も最近、一室を借りるなど、「かみいけ木賃文化ネットワーク」のネットワークがどんどん広がっている。
1階はまちに対して全開放といっていいほど、シャッターを下ろすことがほとんどなく、ガーデンチェアや廃業した銭湯から譲り受けたベンチやマッサージチェアなどが置かれて、ラフな雰囲気で、立ち寄りやすい。
「かみいけ木賃文化ネットワーク」に関わっている人たちは実に多様である。まちづくりは、建築家やアーティストといった専門性がある人だけではなく、普通に暮らしている人にとっても接点があり、フラットに関係性がつくられていくような工夫が、開放的な空間やカフェの設置というアクションになっている。
大学を卒業して設計事務所に勤めましたが、いわゆる建築設計のプロジェクトを担当せずに、離島や、中山間地域のアートプロジェクトの作品づくりに関わっていました。その時、土地の文化や、気候、産業、食文化から必然的に生まれる暮らしを知ること。また、欲しいものは自分で作るしかない離島の漁師のおじさんや、器用にものづくりをするおばあちゃんとの出会いが今の自分を作っています。
そこにあるもの、そこにしかないものを大切に。地域を取り巻く環境を受け入れて、そこから発想する創造性に驚かされました。働き方や、家族の形、住まいの在り方が多様化する現在では、自分の居心地のいい場所は、自分で作ったり、仲間と共に作ることでしか満足できないのではないでしょうか。そんな時に、一人ひとりが、生き生きと自然体に楽しく過ごせる場、あるいは、もっと能動的に楽しく関われるような機会を後押ししていきたい。これまでの経験から、そう思うようになりました。
さて、“風呂がない”という、住まいとしては最大の弱点を持つ私たちの木賃アパートから得た学びは何か。足りなさ=余白、関わりしろ。自分だけでは自立できないから、みんなに支えてもらう。でも、実は支え合っているということ。この“足りない”を強みに、これからも、創造的に、能動的、寛容に、建築とまちに関わり、ここで出会うみなさんと共に、楽しく暮らしていきたいと思います。(山本直)
かみいけ木賃文化ネットワーク
https://mokuchin-bunka.com/
https://join.mokuchin-bunka.com/
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