インタビュー No.008

「21世紀のバウハウス」 横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA

山本理顕氏 インタビュー


- 再生時間:16分32秒 -

Y-GSAについて

山本

基本的な考え方は、今までの建築学科の大学院というのは、各研究室に配属されるわけですよね。そうすると研究室の先生の考え方に基づいて教育したり研究したりということが中心だと思うんですね。例えば歴史の研究室だとその研究室の研究の持続性・継続性が非常に重要になってくると思うし、どの研究室にいったとしてもその先生の考え方が教育の中心であり研究の中心であるわけですよね。

Y-GSAの場合ですと、4人教授がいるんですけれども、その4人の教授が全体で1つのグループのような形になっていて、そこで学生達に対して、いわば設計事務所のように教育をするというか、訓練するというか、そういうことを目指しています。ですから、4人の先生のところに配属されるのではなくて、学生達全体が4人の先生のところに半期づつ、6ヶ月づつ、そこに所属して1つの課題を与えられるっていう感じですね。ですから1年間で、2人先生がつくわけですね。卒業するまでに4人の先生のスタジオを選ぶことになるわけです。それでそのうちの半年を例えば海外の事務所に行ってもいいし、国内の事務所でもいいし、インターシップ制度っていうのがあって、そこの半年間分Y-GSAにいなくても海外で単位になるっていうシステムです。ですから基本的にはかなり建築家を養成するっていうことに特化した大学院ですね。

他の大学だと設備も構造もそれぞれ学んで身につけていくわけですよね。仮にデザイン系の研究室を選んだとしてもカリキュラムはそこだけではないですから、ただY-GSAの場合はほとんどその4人の先生のスタジオを通過すると修了できるわけです。そういう意味で学生達はかなりスタジオに多くの時間をさくことが出来ることになるわけです。ですからかなり実践的に学ぶことができるのと、それと同時に半年間である課題を与えられるので、単純にデザインの勉強というだけではなくて、それに関わる様々なバックグランドも当然勉強しなくてはならないので、自分でその分探していかなければないないわけです。だからそういう意味ではかなり主体的に自分でやっていかないと、ただ与えられた課題だけを作っていけばいいというのとかなり違う勉強の仕方になっています。そういう意味では今までの日本にない新しいシステムだと思うんですよね。我々の側も今のところまだ1年間が過ぎて前期が終わったところなのでまだ試行錯誤っていうところはありますが、かなり2年目に入ってどうしたらいいか少しわかってきたような感じですね。

それぞれのスタジオの交流、持続性は?

山本

あります。基本的には4つのスタジオも環境とその単体と建築との関係が中心的な課題なんです。様々な与えられ方はしますけど基本的な考え方は建築とその周辺、あるいは都市との関係が中心となっているので、基本的な持続性はありますね。jury(課題の講評会)では4人が必ず参加するし、僕のスタジオと西沢さんのスタジオが隣り合っているとか、そういう意味では違うスタジオでも交流があるような形で進んでいます。例えば飯田さんのスタジオだと黄金町のガード下の計画が課題になっていて、昨日(08/9/11)オープニングだった黄金町の下のバザールをするための会場作りを横浜市から委託されて実際に作ったんです。そういう黄金町周辺を学生達が課題にすることでリサーチと最終的にはバザールを作り上げていく、というところまで関わっていますから、そういう意味で開かれたというか、横浜市と関わりもでてくるし、あるいはその黄金町の住民達との関わりもでてくるし、スタジオの内側で閉じてないという意味です。例えば飯田さんでいうと開かれたという意味は、具体的に横浜市の住民の人達、職員の人達、担当者の人達と話しながら作らないとできません。あるいは北山さんのスタジオだと、東横線が廃線になって、みなとみらい線の方に引き込まれてきたので、高架になっているところが今東横線が走ってないんです。そこを使って横浜市と関わりつつ、そういうところを課題にだしています。また、インナーハーバーっていって港の周辺を課題にだして横浜市との考え方と北山さんのスタジオとが一緒になりながら課題を作っているような感じです。僕のところと西沢さんのところは特に横浜市と繋がりがあるというわけではないですけども具体的に敷地を選んで、課題がかなり地域を丸ごと設計していかないとできないような課題をだしているので、デザインだけをというと語弊がありますけど、従来までの建築のデザインだけを考えていけばいいというのとは違い、周辺環境との関係を相当考えていかないと、うまく答えられないような課題なんです。ですから開かれるというのは具体的に横浜市や住民達と一緒にやるっていうことを含んでいるし、建築の考え方っていう意味でも相当今までの建築の作り方と違うことを考えていかないとできない、という意味で開かれているという風に言ったんです。スタジオは完全にオープンです。ですから普段からいろんな学生が来てますよ。エスキス設計の時から知らない人がきてたりとか、でもそういうのはいいと思ってるんですよ。

Y-GSAと設計事務所との違いは?

山本

設計事務所的でいながら4人の先生がいるってことじゃないですか。それぞれ違う考え方を持った人に2年間の間に会えるっていうのは魅力的ですよね。1つのところへいったら、例えば伊東事務所なり、そういうところにいったら伊東さんをもちろん学べるかもしれないけど、他にいったらいったいどうなんだろう、っていうのは非常にわかりにくいじゃないですか。僕のところでもそうです。山本事務所にいったら山本の考え方はよくわかるし、山本事務所のやり方はよくわかるけれども、でも他はどうなんだろうっていうと、わからないとか。そういう意味では4人の先生を見比べられるっていうのがいいんじゃない。

建築士と建築家

山本

今の日本のシステムの中で、建築の設計事務所、一級建築士事務所という制度は代願屋的な役割を相当中心にやらざるをえないという風になっていると思うんです。代願屋的っていう意味は確認申請を施主に代わって手続きする、そういう人達、そういう事務所、とまず第一に思われているところはあると思うんです。だからそれは僕が代願屋的っていう、建築雑誌(08/6月号)で話をしたのは、社会通念として、っていう意味です。設計者、設計事務所っていうのは、例えば私が家を作りたいと思ったとしたら、大工さんに頼んで家ができると思っちゃうわけです。そうすると大工さんとなんとなく話しながら家を作るけども、確認申請とらなくてはいけないから、その確認申請をとるために大工さんが一級建築士事務所に頼むわけです。そうすると今まで施主と話してきたことをうまくまとめてくれて、確認申請を役所に出す。それがいわば設計事務所、基本的な存在意義だったわけですよ。それは一級建築士っていう資格ですよね。だから一級建築士っていう資格の問題と建築家という社会的な役割を持った人とは本質的な意味では関係がない。それで今問題になっているのは、資格をする人に対して様々な制度的な問題が起きてるわけですよね。でも、もともとは建築家っていう役割は社会的な役割を担ってるわけだから、あらゆる様々な制度があったとしても自分がやらなきゃならないことがあるわけですよね。建築っていう仕事を通じて。それはどんな制度上であろうとやらなくちゃいけないことがあるっていうか、自分の使命っていうかね、大げさに言えば自分は社会においてこういうことメッセージとして伝達していきたいという使命があると思うんですよ。それはどんな制度的な一級建築士の資格制度が変わろうとそこは変わらないんじゃないかと僕は思うんです。ところが世の中の多くの人達は建築家の様々な社会的な役割と一級建築士の制度が重なっていると思っているわけですよ。だから一級建築士の制度をしっかり厳しく作っておけば、設計者たちはそれに応じて悪いことをしなくなると思っているわけですね。だから制度的に考えられている建築設計者っていうのは単なる代願屋だと思います。国家の資格で一級建築士っていうのは。代願屋っていう意味は様々な施主の要望とか依頼者の要求に従って忠実に設計する人のことです。必ずしも代願屋じゃなくてもいいんですよ。代願屋的建築家もいっぱいいるわけです。それは自分の思想は問わない、施主なり発注者なり、施主と発注者と分けたのは、公共工事の場合は発注者ですね。民間の場合は施主って言っていいかもしれないけど、公共工事の場合は施主が誰だかわかりにくいですよね。そういう意味で施主と発注者と分けたんですけど、施主にしろ発注者にしろ、その人たちに思想の中心があって、設計者はその思想を受けて、忠実にそれを実現する人が設計者で、それで建築士と呼ばれているわけですね、そういう人たちは。何の貸しもなく施主に忠実に作る人たちです。そういう風に制度上はなっているんです。建築士の資格っていうのは。だからとにかく悪いやつがいたら上からチェックしろっていうことになるわけだよね。それでピアチェックしたり第三者チェックがあったりとか。そういう建築士に対して主体的に責任をとらなくてもいいように制度ができているっていうのが今の建築士制度じゃないですか。あらゆる大学とか研究室とか、あらゆる建築家たちは絶対代願屋じゃないですよ。それは当たり前のことで僕が言っているんだけどね。様々な建築の設計には仕事の仕方があるので、いろんなやり方があるのは、僕は認めるべきだと思うんだけども、かといって非常に重要な建築それぞれ、どんな建築も地域社会にとってはすごく重要だと思うんですよね。その重要さを同時に考えておかないと役所の思うがままに設計する人達だけが設計者だとういう風に考えていくのはやっぱりかなり危険な考え方だと思うんですよね。そういうように建築士というのが考えられるとしたら我々の役割は建築士的な考え方とはかなり違うし、多くの大学、多くの設計事務所、建築家たちはそういうことを自覚的に、そういうことっていうのは代願屋的ではない自分達の考え方に基づいて地域社会をどうしたら活性化させるかっていうことを考えていると思いますよ。大学の役割っていうのはそこにあるんです、一方ではね。別に施主の言うことを聞け、聞くのはもちろん悪くないけども、自分の思想がどこにあって、どういう形で建築を作るかっていうことを、大学や先生達は本気で教える必要が僕はあると思うんですよね。だから学生達に対して、いいデザインを作ることはもちろん重要だけれども、そのちょっといいデザインで新建築に載せてもらうのが目的じゃなくて、やっぱり自分がやることがどれだけ社会との関わりがあって、どういう貢献の仕方ができるかっていうことをやっぱり常に考えていく必要があると僕は思うんですね。そこはY-GSAではかなり強く教えてますけど、教えたいと思ってるんですけどね。それと多くの人達、市民といっていいかわからないけど、少なくとも建築に興味がある人達に対しては代願屋的な建築、設計士だけが建築士じゃないから、建築っていうのは非常に幅広いことをみんな考えてるんですよ、っていうことを伝えたいと思うんですよね。そういうこと今はできるだけやりたいと思ってるんです、大学では。今までの大学のように研究室の中だけで閉じているんじゃなくて、開くっていうのはそういう意味です。

今後のY-GSAについて

山本

今言ったような地域社会圏があるとしたら、学生たちも含めてそういうのももう少し緻密に考えるように僕はしていきたいと思ってるんですね。それと、具体的にそれを実現するにはどうしたらいいかっていうのをそれぞれの学生達もそうだし、我々も考えていけたらなぁと思ってるんです。Y-GSAは少しは知られてきたんで、そういうメッセージをきちんと伝達するようなことが次の役割だと思ってるんです。学校はあるっていうことはだいたいわかってもらえたので、今度はどういうことを強いメッセージに持ってるいるのか、っていうことを。例えばバウハウスっていうのは、その当時世界中に対して圧倒的に力があったわけじゃない?そういう、例えばバウハウスがすごい発信力があったようにY-GSAがこれから強いメッセージ性をもつべきだと思うし、それをきちんと伝達できるような役割をちゃんと担っていければと思ってるんですけどね。21世紀のバウハウスですから。

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