インタビュー No.017

建築とまちづくりにおけるビックデータの可能性

吉村有司氏 [前編] インタビュー


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ビッグデータを用いた歩行者分析の分野で世界的な注目を浴び、「データを用いたまちづくり」の第一人者として活躍する吉村有司氏。大学卒業後は日本を飛び出し、バルセロナの公的機関の職員として様々な都市計画に携わってきた。近年はバルセロナとボストンを行き来しながら、研究やプロジェクトに奔走している。そんな吉村氏へのインタビューを、3回に分けてご紹介。第1回の前編では、なぜバルセロナで仕事をするようになったのか、氏のキャリアの出発点について紐解いていく。

吉村さんのバックグラウンドについて教えてください。

吉村

私のバックグラウンドは建築ですが、Ph.D.をコンピュータ・サイエンスで取得しています。(※1)建築家として蓄積してきた都市の知識と、データ・サイエンティストとしてビックデータを扱う技術、その両方の特性を活かし、建築や都市の中で行われる人々の活動(アクティビティ)の分析と、実証データを活用したまちづくりを専門としています。(※2

※1 地中海ブログ:博士の学位を頂きました:建築家である僕が、コンピュータ・サイエンス学部でPh.Dを取った理由
※2 地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!

何故バルセロナに行こうと思われたのですか?

バルセロネータ

バルセロネータ

吉村

バルセロナに行ったのは全くの偶然です。当時、イグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Solà-Morales)という建築家が主催していたマスターコースがヨーロッパにおいて非常に勢いを持っていた時期があり、パンフレットに書かれていた「テラン・ヴァーグ/Terrain Vague」という文章に不思議な魅力を感じたのです。それから1ヶ月くらい掛けて、「どうしても行きたいんだー!」というA4用紙3枚にも及ぶ熱ーい手紙を書き上げ送信したら、「来れば?」という3行ほどの返事が翌日に帰ってきました。今にして思えば、ていよく断られたのだと思うのですが、直ぐに返事が返ってきたので、てっきり気に入られていると思い込み、ウキウキしながらバルセロナに行くことにしました。

それからビザを取って、住むところも決めて、「さあ、いよいよバルセロナへ出発するぞ!」と思っていた矢先、僕が渡欧する2週間くらい前のことだったのですが、彼の秘書から「イグナシが亡くなりました」というメールが届きました。一気に目的を失ってしまい、一時は渡西するのを止めようかとも思ったのですが、せっかくビザも取ったし、家も決めたし、「まあ1年くらい行ってみるか」という気持ちでバルセロナに住むことしたのです。ものごとの始まりなんてこんなものです。

当時のバルセロナはどんな感じだったのでしょうか?

吉村

僕がバルセロナに行った2001年というのは、イグナシが立ち上げたプログラムや彼の影響力が非常に強く残っていて、バルセロナがヨーロッパの知のハブとして機能している時期でした。いまとなっては大御所になってしまった、サスキア・サッセン(Saskia Sassen)やデヴィット・ハーベイ(David Harvey)、ジョン・アーリ(John Urry)などは頻繁に来ていましたし、マニュエル・カステル(Manuel Castells)はバークレーからバルセロナに戻って来ている時期でした(※3)。マスタークラスの同級生には、のちに『俗都市化—ありふれた景観 グローバルな場所(昭和堂)』を出版することになるフランチェスク・ムニョス(Francesc Muñoz)がいましたし、「ジェントリフィケーション」という聞き慣れない現象を熱く語っていたニール・スミス(Neil Smith)とは、夏のあいだ頻繁に飲みに行っていました。夏が明ける頃には「イグナシを偲ぶ会」というメモリアル・カンファレンスが開かれ、ラファエル・モネオ(Rafael Moneo)やピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)、ビアトリス・コロミーナ(Beatriz Colomina)などが来ていました。あまり知られていませんが、ビアトリス・コロミーナはバレンシア出身のスペイン人でバルセロナ建築高等学校(ETSAB)で Ph.D.を取得しています。指導教官にイグナシを選ぼうとしたところ、「君に私は必要ないのでは?」と断られてしまったというエピソードが非常に印象的でした。しかしその後、彼女は近代建築とメディアの関係性を扱った『マスメディアとしての近代建築、アドルフ・ロースとル・コルビジェ』を発表し、それに触発されたのかどうかは分かりませんが、イグナシも都市と記憶、写真とメディアの関係性を考慮しながらも都市の無意識を取り扱ったテラン・ヴァーグ(Terrain Vague)というコンセプトを発表していくことになるのです。

とにもかくにも、僕がバルセロナに行った時期は、都市が非常にダイナミックで知的興奮に溢れ、またユーロ通貨が導入されたりと、色々な意味でヨーロッパに熱い風が吹いていた時期だったと思います。

※3 地中海ブログ:サスキア・サッセン(Saskia Sassen)のインタビュー記事:グローバルシティというアイデアは何処から来たのか?

その様な環境に身を置かれたことは、現在のお仕事にどの様な影響を及ぼしているのでしょうか?

現在の僕は全く違う角度からビックデータやスマートシティという分野に関わっているのですが、いつも都市や建築のことを忘れずにいられるのは、プロフェッショナル・キャリアの最初期に、この様な質の高い論客達とそれこそ夜が更けるまで議論出来たこと、この時期にリベラルアーツの基礎をしっかりと習得できたことが僕の人生にとって非常に大きな財産になっていると思っています。

日本でもリベラルアーツの重要性が指摘されてきています。

マサチューセッツ工科大学

マサチューセッツ工科大学

吉村

僕が所属しているマサチューセッツ工科大学(MIT)は、世間一般には理工系の専門大学というイメージが強いと思うのですが、実は学部レベルでかなり幅広くリベラルアーツを教えるカリキュラムを組んでいます。また、音楽やアートに非常に力を入れていて、前回僕がMITに滞在していた時は、スペインを代表するメディア・アーティスト、アントニ・ムンタダス(Antoni Muntadas)が客員教授としてスタジオを持っていました。また、学生個人では所有が困難なアート作品を一定期間貸出すことによって、芸術を身近に感じてもらおう、日常生活の中で芸術を理解してもらおうというサービスをやっていたりもします。家に帰ったら居間にアート作品が掛けてあるなんて、ある意味、こんなに贅沢なことはありません。

フランク・ゲーリーによるスタタセンター(MIT)

フランク・ゲーリーによるスタタセンター(MIT)

MITの教育方針を見ていると、単に科学技術の知識を詰め込むというよりは、それらを使う人間や社会への問いの方に力を入れている感じがしてなりません。つまり、単に街角にセンサーを取り付けて終わりというのではなく、我々の社会の基盤となっている人間への根源的な問いを通して、我々の創造力・想像力の可能性と限界を模索しているかのようなのです。技術ありきではなく、先ずはそこを深く掘り下げているからこそ、科学技術の限界とその可能性への探求といったアプローチが出てくるのではないでしょうか。このようなアプローチを見ていて気が付いたのですが、バルセロナという街の強さは実はここにあるのではないかと、最近そう思う様になりました。

どういうことでしょうか?

スペインでは往々にして優秀な学生は公的機関に務める傾向にあり、自治体職員の中にはPh.D.ホルダーも珍しくありません。しかし、彼らは自分達の専門のことしか知らないかというと決してそんなことはなく、その高度な専門知識は、幅広い教養に支えられているということが一緒に働いていて痛いほど分かりました。それが一体なんなのか、どこから来るのか、うまく言葉に出来なかったのですが、ボストンに行ってその答えの片鱗が見えた気がしました。

技術やサービスを生み出す人達が、その社会の下敷きとなっている知の体系について知っているのと知らないのとでは、最終的に市民に提供される公共サービスの質に劇的な変化が生まれます。単に先端技術の流行り廃りを追うのではなく、一人一人が自覚的に技術と社会の関係性を問い続ける探究心。かといって面白おかしく先端技術を濫用するのでもないその姿勢。これらのことが、優秀な人材を活かし切る自治体の仕組みと相まって、スマートシティという分野でバルセロナがもう一度「新たなるバルセロナモデル」を構築出来ている秘密だったりするのでは、と僕は今そう思い始めています。(※4

※4 地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ

インタビュー(2017年3月): KENCHIKU編集部

吉村有司

吉村有司(Yoshimura, Yuji)

1977年愛知県生まれ。建築家。2000年中部大学工学部建築学科卒業。2001年よりバルセロナ在住。バルセロナ現代文化センター、UNESCO Chair (UPC)、バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センターなどを経て、現在、laboratory urban DECODE代表、マサチューセッツ工科大学建築・都市計画学部研究員、ルーヴル美術館リサーチ・パートナー。主なプロジェクトに、バルセロナ市グラシア地区歩行者計画、バルセロナ市バス路線変更計画など多数。近年は、クレジットカードの行動履歴を使った歩行者回遊分析手法の開発や、Bluetoothセンサーを用いたルーヴル美術館来館者調査など、ビッグデータを用いた歩行者分析の分野で世界的な注目を浴びる。「地中海ブログ」で、ヨーロッパの社会や文化について発信している。