インタビュー No.013

大震災から思うこと
震災復興支援 長清水手ぬぐいプロジェクトについて

中田千彦氏 インタビュー


- 再生時間:17分49秒 -

2011年3月11日に起きた東日本大震災。各地で壊滅的な被害が報じられた。
地震と津波による被害にあった地域の一つ宮城県長清水地域で、復興の為立ち上がった手拭いを通じ、復興のアイディアを集める「手拭いプロジェクト」。
プロジェクトを指揮する宮城大学中田研究室 中田千彦教授にプロジェクトの展望と、震災を通じ感じたことを聞いた。

長清水(ナガシズ)について

中田

宮宮城大学の中田研究室が御縁があったナガシズというところは、宮城県のほぼ岩手県よりの南三陸町という街の一集落です。南三陸町は、東から西に向かって大きな湾が入り込んでいる街なんですけど、そこの湾の入り口に近い、東側にある小さな集落です。

南三陸町の中では、比較的ナガシズ地域というのは、さほど大きくない集落なんですけれども、全戸で37戸ぐらい。今回の津波で37戸中34戸が津波の被害を受けて流出しています。残された3戸ぐらいも完全ではないんですけれども、百数十人の人口のうち十数名が今回の津波で犠牲になったというふうに聞いています。

平地である田んぼがあったり、漁業用の工場がある平地の民家は、ほぼ全て流出してるんですけど、これはほんとに単純に高所にあった建物だけが残されていた。そういう状況です。

長清水の復興支援の経緯は

中田

宮城大学が南三陸町全体の復興支援をお引き受け・お手伝いをするということがあって。それは宮城大学と南三陸町がそれ以前から協定を結んでいるということもあっての。最初に南三陸町の町長さんが、ものも人もいないという中で、宮城大学の方に復興支援の手伝いをという要請がすぐにあったので。まぁそれと合わさる形で南三陸町に宮城大学のスタッフとして関わること。ナガシズには個人的な御縁があったということで関わることの両面があります。

南三陸町そのものの支援は宮城大学全体で(行っている)。(宮城大学)全体で南三陸町を大きく支援するレベルの話と、実際に足を運んでみると、個別にその地域とか集落にきちんと入り込んで、その実状に反応するような行動の仕方をしないと実際にはなかなかモノが上手く動かないということがあるという状況がすぐに分かったので。私達は南三陸町の中でも長清水という地域を重点的にお力添えするっていうスタンスをすぐにとって。他の地域は他の地域で他の先生方とかスタッフの方も、宮城大学の中では関わるスタンスをもってるんですけれど。もともと個人的な御縁があったということもあって、南三陸町の長清水の地域を、宮城大学の中田研究室を含めて取り組むということになったんですね。

手ぬぐいプロジェクト発足について

中田

手ぬぐいプロジェクトっていうのは、南三陸町の長清水地域を支援する一連の動きのなかで浮かび上がってきた一つのプロジェクトではあるんですね。最初に私たちが南三陸町のナガシズに入った時に、実際に目の前に広がる風景ってのはほとんどなにもなくて、瓦礫が残されているだけぐらいの。初めてその場面を私自身が目にしたのは4月に入ってからなんですけど、ニュースで言うと刻一刻と死亡の数が増え、行方不明者の数が増え、どれくらいの被害があるのか判らない状況が震災後続いたんですけど。 それが相変わらず続いてはいたんですが、見渡せば知ってる顔がそこにあるっていうことが確かめられる状況になった時に、じゃあ次に起こる出来事が何かというと、目の前の津波で拭いさらわれた自分たちが住んできた土地が瓦礫に覆われていて、それをただ見続けるしかない状況が続くわけです。瓦礫撤去もすごくスローペースで、それはやっぱりそこに誰かいるかもしれない、大事なものが残っているかもしれないので、すぐ綺麗に片付いて、土木が入って、モノができていくということにはずいぶん時間がかかることが予測されたので、そうすると地元の人達もそのままその風景を見続けるとどんどんこう気持ちが離れていってしまう。ここに戻ってきて生活をしたいって思うような余地も無く、どんどん気持ちが遠ざかってしまうことがすごく心配された時期があって、そこで卒業生の方に是非来て彼らに絶望を回避する為のお手伝いを願えないかという。我々は宮城大学でデザインを専攻する学生を預かっているということもあって、デザインをする立場で何ができるのか。その時にともかく現地に足を運んで、この上に何か自分たちの新しい未来を作り上げていく為のアイディアを沢山彼らに託すという仕事が、出来るのではないかなと(考えた)。それに準備を進め、6月に入ってから研究室の学生・それに賛同した学生皆つれて20人ぐらいで現地に入って、スケッチブックを持ってそこに入っていってその風景を目の当たりにして、この風景の中にどんな未来が描けるかという、スケッチを描く作業をしたんです。それを私達は「a book for a future」と言っているんですけど。そこには道の駅を作るとか、観音様を建てるとか、サクラの木の並木を作るとか、瓦礫の中からモザイクを使って何か工芸品を作るとか色々なアイディアがあって。それは建築をやる我々の学生だけではなくて、他のデザインの分野の学生も参加していたので色々なアイディアが出たんですね。その中の一つに手ぬぐいの話題が出たんですね。現地の人もこれから復興で汗をかくだろうから、その手ぬぐいを頭に巻いてもらって、それをみんな頭に巻いたり首に掛けたり、それで汗を拭ったりする風景ができたら、一緒に新しい未来を作る象徴になるかな、という話でこの手ぬぐいの案が出されたんですね。それも色々なアイディアの中の一つで、他にも色々あったんですけど、それが一つの我々の「a book for a future」というプロジェクトの話題だったんです。
ワークショップの後に、「手ぬぐいのアイディア面白かったね」ということで、それがもしできるとするとどうやるんだろうね?っていう話をし始めたところで、今回の話に展開していったんですね。

プロジェクトの概要

中田

どうやったら具体的に手ぬぐいを地元の人に渡そうかと考えた時に、誰か支援してくれる人を募らなければいけないと。今回東京にあるWEBサイトの会社が、小口のファンドネイジングをしてくれるシステムを持っていて、そこで支援しますと手を上げるとそれがある予定数に到達すれば、そのプロジェクトが成立するという方法があったんですね。ただ単に手ぬぐいを作るから支援して下さいって言っても、一般の人達からすると彼らに手ぬぐいを渡すということだけで支援するというのは、ちょっと魅力に乏しいのではないか。せっかく支援して下さるのならば、ちょっと一本手にする為には値段は高いんですけど、手を上げて下さった方には、必ず1本手ぬぐいを渡します。その出して頂いた手ぬぐいの支援のお金で、実際には4本手ぬぐいが出来る。コスト的に。4本出来た内の1本はご本人に、1本は地元の長清水の人達に手渡しをする。残った2本をどうするかということなんですけど、9月末にあるUIAの大会では世界中から色々な建築家がこの震災以降、ようやく落ち着いてきている中で集まってきてくれて。恐らくそれは、震災で色んな混乱を経験した日本で開催される大会であるからこそ、新しく興味を持って下さる建築家もいらっしゃるし、元々企画はその前から進んでいたことなんですけど、やはり震災を受けて企画をする側も、震災があったからコンセプトを変えるということではないんですけど、それなりに経験をした、そこでサバイブしたそれぞれの建築家として向き合うということが明らかに、それは目に見えて判ることなので、そういう時にやって来てくれる建築家達に事をきちんと、震災に遭った我々が未来をどう作るかということに関心をしめしてもらう。かつ具体的に関心を形に表してもらう方法をとりたいなと思っていて。4本のうち2本の手ぬぐいは、9/28に東京国際フォーラムで開催されるデモンストレーションの中で、宮城大学の学生がその手ぬぐいを世界から来た建築家達に手渡しをする。で、手渡しすることの換わりに、世界から来た建築家から何か日本の未来に、震災で困難に直面した日本の地域に向けて何かしてほしい。それはアイディアスケッチでも良いし、メッセージでも良いし、もしかしたらその人の作品集を置いておくかもしれないし、どんな形でも良いけど、彼らが手ぬぐいを受け取る代わりに、日本の沿岸部の人達が描ける未来の何かしらの1ページを作って欲しい。それは最初にお話しした「a book for future」っていうコンセプトと通じるものがあって、地震以降ああしようこうしようっていうことを沢山持ちこむケースが多くて、でもそれは性質上、地震を受けて津波が来て家も何も流されてしまっている人達にとっては、あまりなじまない話だったんですね。「a book for a future」のプロジェクトは、地元の人達が笑ったり馬鹿にしたり蹴散らしながらも、こんなアイディアあったよねっていう話題を溜めていってもらって、もしなにか自分たちが街を作るとか家を作るとか、集落を作るといった時に、「ああそういえばあの時あんな学生さんがこんなことやってたよね」って紐解いてもらって「これいいじゃない」とか「これ面白いんじゃない」とかってアイディアを引き出してもらう。その為のアイディアの束を作る。それが「a book」という概念なんですけど、「a book」の概念とUIAの大会で建築家の方にあれこれ残してもらうということはすごく近いなと思っていて、それができるように、1日時間を頂いて建築家の方に手ぬぐいの換わりに何か彼らに伝える事があったら残していって下さいっていうことをしようと思っていて、そのために手ぬぐいを渡す。その為の2本。そのやり取りをする為に支援して下さった方から預かった支援で、手ぬぐいを作るっていうことにしたんです。

震災を通じ感じたこと

中田

ずいぶんと我々が目にしている社会というのは、実状変わってしまったんだと思うんですよね。2000年代、2010年代というのは、20世紀の右肩上がりの経済成長で上手くいってきた成功体験になんとなくそれが不可能になってることを感じながらも、「いや大丈夫。できるできる」って思って、20世紀的な成功体験を再現しようとしてもがいていた10年間。それが2000年以降、21世紀の10年間だと思うんですけど。どうもそれは、いよいよその2010年代に入り、この震災があって、そのことにある種の決別をしなければならない。で、多くの建築家やデザイナーや、クリエイティブをやっている人っていうのは、そのことに気がついていて、世の中というのは今までのようには回っていかないんだ、ということを実感してるんですよね。実感しているはずだし、実際に実感して行動におこしている人もたくさんいるし。私達を含めて彼らのそういった実感した上での世の中の変化に伴った行動の転換というものを失速させてはいけない。自分達もそうだし。それはやはり自分がこの年代でこの時期にこの世の中にいて、たまたまその年代だったのかもしれないんですけど。まぁやることははっきりしていて、こういう事態を引き受けて次の若い世代20代30代のクリエイティブな人達に、きちんとその21世紀の社会とか文明とかを新しく構築していってもらう為のバトンを渡す仕事なんですよね。見渡してみると、同年代の人達はそれに気がついていてそれに一生懸命やっている人達が沢山いるんですよね。彼らそのつもりで生きているんだな、とすごく実感できることが沢山あって。であるならば若い人達にはその、いいおじさんおばさんの最後の最後でないけど力振り絞ってやってる仕事を引き継いでもらって。彼らにとってきちんとデザインとか美しいものとか綺麗なものとか魅力的なもの、都市・環境などを創っていくということを実践できるような社会になっていけるように、若い人がそれを引き受けてもらえるように学んで、自分自身もトレーニングを積んで、デザインならデザイン、仕事なら仕事で良いんですけど、それをこう引き受けてくれるような状態になっていって欲しいですし。それをするのが多分教育機関の仕事だと思いますし。私も教育界にいるのでそれをやることが仕事だと思うし、若い人達がそれを引き受けてくれるように、自分達でも心構えをしてやって欲しいなと(思います)。もう少ししたらあとは宜しくねってことになるんでしょうけど、それは宜しくねって溜息つきながら言える時代が来ると良いなと思ってますけど。

長清水手ぬぐいプロジェクトURL https://readyfor.jp/projects/nagashizutenugui