KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

Soi|東京都中央区新川|暮らしをコミュニティに開く実験の場(2/2)

 

明祥ビル

[ 東京都中央区新川1丁目、2016 ]
http://www.soi-a.com/portfolio-archive/明祥ビルsoiプロジェクトmeisho+-soi-project/

明祥ビルの改修にあたり、大手ディベロッパーからの提案が建築に保存されている情報(例えば先代のオーナーが、近所の人々が時間に遅れないようにと外壁につけた大きな時計や、現在地がわかるように大きく書かれた住所など)を消し去ってしまっていたので、アドバイザーという立場を超えて、Soiが事務所兼住居として、明祥ビルに住み、入居者の募集・選定・ビルの管理も行い、改修費用も大手の提案の半額程度に抑える提案をまとめた。不動産の運営は未経験だったが建築設計の延長として考え、オーナーと入居者のメリットを考えたシステム作りと設計を同時並行した。ビルの素晴らしさを受け継いで行くためには、場の理念が必要だとオーナーに説明していたところ、最初は投資として考えていたオーナーも、越前堀公園から出た要らなくなった木を区役所に掛け合ってもらってくるなど、徐々に明祥ビルと越前堀公園と明正小学校をつなぐ意識へ変わっていった。その木は製材して1階の内装に使用し、余った材は屋上に保管し、今後の活用を検討中。

入居者が建物の価値を決めると思っており、コンセプト(場の理念)に共感してくれる人に入居して欲しいと思ったので、改修前にまず入居案内を作成し、相場の7~8がけの家賃を設定し、面談をして活動を聞いたうえで、入居者を決定している。1階には入居者全員が使うことができる共用スペースとしてギャラリーがあり、5階のSoiの事務所兼住居は寝室とバルコニーを除いてコモンスペース。写真家が入居しているので、撮影スタジオとしてSoiの事務所を使ったりもする。どれだけ生活をコモンにしていけるか、という実験でもある。

また設計料+管理費と家賃を相殺していて、オーナーにとっては設計料というイニシャルコストを抑えられ、私たちは固定費がかからずに活動ができている。他のプロジェクトでも、報酬の体系はクライアントとの相談で、クライアントとの間の経済のあり方も設計できると思っている。例えば美容室の設計料の半分は散髪代としたことがあり、そのことによって設計が終わってもクライアントとも長く付き合い続けられる関係性を持つことができるし、自分たちの生活圏がクライアントの仕事に関わることで、暮らしと乖離せずに設計することにつながる。

 

[ 写真提供:Soi / KENCHKU編集部 / 大塚敬太 ]

 

CREATORS SNACK@GIN

[ 東京都中央区銀座8丁目、2018 ]
http://www.soi-a.com/portfolio-archive/creaters-snack/

80年代のポストモダンな内装が残る商業ビル。1年限定で、BARだった3階と、クラブだった4階を改修。3階は、クライアントがカレー屋を開くことになっていたので、4階は実験的に即興的につくりあげる空間として設定し、運営にも関わる。

中央区銀座8丁目8-19 瓢山会館4F GIN
営業時間 不定期予約制
日曜・祝日定休日
mail creators.snack@gmail.com

 

[ 写真提供:Soi ]

 

igeta project

[ 福島県福島市、2018~ ]
http://www.soi-a.com/portfolio-archive/fukushima-geta-project/

創業から150年以上、福島市でインテリアや生活雑貨の店を営んできたIGETA(http://igeta3.com)と、空きスペースの利活用、街との繋がり、東京や仙台、山形とのネットワーク構築などを実現する場のコンセプトや仕組みをつくっているプロジェクト。築約40年のRC造5階建ての建物は、間口3間(5.4m)、奥行き33間(60m)と細長い。明祥ビルに移って以降、建築以前のコンセプト作成や仕組みづくりから関わるプロジェクトが増えているが、igeta projectもそのひとつ。IGETAが創業160周年を迎える2021年に向けて、企業のあり方を考え、どう変えていくかを空間と一緒に考えている。

 

[ 写真提供:Soi ]

 

第2回リノベーションアイデアコンペ案『出窓の団地』

http://www.soi-a.com/portfolio-archive/出窓の団地/

戦後の団地に採用された51C型(1951年度に東京大学吉武研究室によって設計された2DKを基本とした公営住宅の標準プラン)は標準的な家族を想定していたが、実際に私たちが住んでいた団地では、シングルファザーや一人暮らしの老人など、想定とは違う入居者ばかりで、団地の均質な空間を彼らの生活に合わせて変えていけないだろうかと考えた。当時、全16戸は全て入居しており、URの団地を中心に似たような建物が建っており、一帯でコミュニティが形成されていた。学生だけのコミュニティとは違うコミュニティに入って行きたいと思っていたが、なかなか難しかった。例えば、子どもがいると入っていけるコミュニティは多かったが、そうではなかったので、ゴミ出しや八百屋さんを介して、地域コミュニティに入っていった。入れるコミュニティとそうではないコミュニティがあるとわかり、自分たちが何者かを周りに知ってもらうことができれば、その壁を超えられるんじゃないかなと思った。例えば、おばあちゃんがちょっと座ることができるバルコニーが1階にあれば、道で遊ぶ子どもとの会話が生まれるかもしれない。見せてもいい場所として各住戸に出窓を作り、どういう家族なのかをそこから垣間見られるとおもしろくなるんじゃないかという提案。住んでいる人からの発信として見て欲しいものや伝えたい情報をおく場所として出窓が機能し、家族の多様さが外観にも表出する。

 

[ 写真提供:Soi ]