KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

湯浅良介/Office Yuasa|東京都小平市|状態をつくっておくことから建築を考える(1/2)

文(明記以外):北澤愛、写真・図版(明記以外):Office Yuasa

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近年、建築に関わる展覧会が増えてきており、個展をはじめグループ展や提案型、コンペ案や卒業制作、手法から技術に焦点を当てたものまで多種多様である。そんな中、建築、都市を考える上でも、新鮮で何か先に広がる未来があると思わせる展覧会に遭遇した。それが、2026年4月21日(火)〜9月13日(日)までWHAT MUSEUMで開催されていた「波板と珊瑚礁 ー 建築を遠くに投げる八の実践」だ。8組の若手建築家による、この展覧会のために制作した作品を通して建築家の思考を提示したもので、いわゆる図面、模型、スケッチ、写真や映像で構成された展示ではない。どこか現実的で社会・都市と身体・人の記憶等との関わりを考えさせられた本展は、技術の発展も大きく関係しているけれど、人の存在、展示を見た人たちのその先の行動につながるようなものだった。
中でも特に印象に残ったのが、湯浅良介さんの「闇、遅れた微光」だった。湯浅さんは、東京藝術大学大学院修了後、 内藤廣建築設計事務所を経て、2019年Office Yuasaを設立。2024年より多摩美術大学(以下、多摩美)の准教授として教鞭も執っている(研究室「STUDIO YUASA」)。独立してからこれまで建築作品にとどまらず、プロダクト、映像、展示、また展覧会の会場構成も数多く手がけており、この展覧会の会期中、2026年7月25日(土)〜28日(火)までと短期間ではあるが、10組の建築家のさまざまな「新形」を提案した展示「シンガタ展」にも参加しており、SDレビュー2023に出展した「TEMPO」の模型やドローイング等を出展されていた。近年、建築に関する展覧会が増えており、建築展を問わず、建築家が会場構成に当たり前のように携わるようにやっとなってきたのだが、湯浅さんもその一人である。独立されてからの作品、表現、活動が、いわゆる「THE 建築」を感じさせないのはどこからなのか。「闇、遅れた微光」を中心に建築観、アプローチ、教育等を通して湯浅さんの思考と活動をご紹介します。

 

 

展示作品「闇、遅れた微光」のスケッチ(Ryosuke Yuasa)展示作品「闇、遅れた微光」のスケッチ。(Ryosuke Yuasa)

 

 

何かを置くことでいろんなことを引き寄せる

湯浅さんの作品には、どこかに印象的な場やオブジェクトが必ずある。独立して初めて手がけた住宅「FLASH(2021年)」では、部屋の真ん中にある柱や開けなくても良い扉、氷見のリノベーション「となりはランデヴー(2022年)」ではいろんな形が描いてある窓、埼玉の住宅「LIGHTS(2024年)」では無駄に大きい階段がある等。それはというと、一本の木がある田舎道で、来ないかもしれないゴドーをずっと二人の浮浪者が待っているが、結局ゴドーは来ないという、サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』を例に出してくれた。「木があることによって、二人はここでずっと戯れの時間を過ごしてゴドーを待つことができている。そういう状態って、柱やテーブルなど、建築空間を構成するエレメントがそこにあることによって、人がそこにいることが可能になっていることに近い気がしています。「開けなくても良い扉」は、扉があることで何かが起こる可能性を担保する。誰かが開けるかもしれないことを待つ状況がうまれる。今はまだ起きてないけれど、何かが起きるかもしれないその先のことを予兆的に感じさせる何か。柱や扉など建築的なエレメントにはそういう予兆を垣間見させる可能性があると思っています。例えば「となりはランデヴー」で窓に変な形を描いておくことによって、家の前を通る人たちがあれは何だろうと思う、意図しきれない関係が生まれることを考えてました。今回の展示で、椅子を置く、テーブルを並べる、電球が吊り下がっているのも、誰かがそれをつけるかもしれない、座るかもしれないという状態だけつくっておくというように、なにかを置いたり並べたりということを建築や空間を設計する時にいつも意識しています。」

 

左:FLASH(2021年/photo: Yurika Kono)、右:となりはランデヴー(2022年/photo: Haruyuki Shirai)左:FLASH(2021年/photo: Yurika Kono)、右:となりはランデヴー(2022年/photo: Haruyuki Shirai)

 

 

おそらく湯浅さんが学生の時、シュルレアリスムが好きであったことにも関係するのではないだろうか。「シュルレアリスムは、モチーフがリンゴや帽子をかぶった人など、レディメイド、つまり既存のオブジェクトであることが重要な美術運動です。建築を設計する時も、全く新しい何かを生み出すというよりも、椅子は椅子、扉は扉、階段は階段など、そういった既に役割を持ったものとして認知された要素たちを再構成して組み立てる、配置するという意識を大事にしています。その要素の置き方が、近かったらどういう効果が起きるのか、離したらどうなるか、繰り返したらどうなるか、そういうことの中に楽しみを見出しています。」湯浅さんの作品の中に、舞台や映画のシーンのような雰囲気を感じていたのも納得がいく。
建築作品と展示作品は恒久的と仮設的なものと異なるのだが、「平面計画と会場構成」、「インテリアと展示の配置」、「敷地と会場・展示室」等々、実は繋がる部分が多い。湯浅さんは建築を設計する際、新築の時もリノベーション時も、その場の状況や印象を特に大事にする。例えば「LIGHTS」は、一本道の坂道を上がった丘の上、真正面に敷地があり、この坂道を登らないと家に辿り着けない。登っていくと見えてくるイメージが頭に浮かび、小さい灯台のようなものを作ったらいいだろうなと、建物のスケールとその佇まいと置き方を考えて、あえて小さく作ったそうだ。一方今回の展示では、エントランスを庇がある家の入口と見立てて、大きな模型の中に入っていくような見え方になるよう工夫した。入口の見え方や入り方含め、鑑賞体験を展示物と空間の全体像で表したいと、ここでは入口から考えていたという。
改めてそんな視点で湯浅さんの建築作品を見てみると、実際に訪れて感じた時とは異なる見方で、作品解説からも離れてより自由に作品と向き合え、体験した人それぞれが思う空間に対するストーリーが生まれるのではないかと思った。残念ながら個人邸は再度体験することは難しいのだが、展示作品や会場構成を手がけた空間ならば、メディアを媒介せずに訪れた全ての人が経験できると同時に、その時にしか感じられない何かと出会えるはずだ。

 

展示作品「闇、遅れた微光」のエントランスの様子(2026年)展示作品「闇、遅れた微光」のエントランスの様子(2026年)

 

 

空間を扱う・考える

「闇、遅れた微光」は、蓄光を施した壁一面と5組の読書台に、来場者の点灯と読書の痕跡が消灯後に燐光として現れる作品である。蓄光塗料の使用は多摩美での設計課題がきっかけでもあった。湯浅さんは身体、光、展示、表現、経験をテーマにした設計課題を受け持っている。特に「光」は1/1で光を使った空間を表さなければいけない為、難しい反面いろんな面白い作品が生まれる。毎年蓄光塗料を使う学生も一定数いると言うが、作品として成立するのがあまりにも難しいので、自分も学生で同じ課題が出されたら、チャレンジしたいなと毎年思っていたそうだ。また、美学と表象をテーマにした座学も担当していることから、ユベルマン等のように、ある社会を蛍の光に例えるような人たちについても研究している。そんなこともあり、常に別軸でいろんなことを考えている中で、蛍の光と蓄光塗料、時間差とアナクロニズムのようなものを表現できる場がまさに本展示なのではと、スタッフたちと話し合い、蓄光塗料を使うことが決まっていった。
庇がある入口から入ると、5組の読書台と椅子、そしてそれぞれ台の上に照明が吊り下がっている展示空間が現れる。最初はテーブルも椅子もなく、壁一面に蓄光塗料を塗って、壁にかかっている絵のように、垂直面に光がパッと映る状態を絵画的なものとして扱うことを考えていたそうだ。「デシャンが男子小便器を横に寝かせて置くことによって、絵画における垂直面が水平面に広がったと言われます。垂直面に人がいる状態が少し時間差を持って、絵や模様として大きい壁画のように出てくる、それこそ「最後の晩餐」みたいな状態になるといいなとも考えていました。壁を使うことで、建築的な要素で応えたとも言えると思ったのですが、人がそこに滞在すること自体の結果として現れる痕跡のようなものが、重要度として高くなり、テーブルや椅子にただ座っていることがそのまま模様になり、表現になっていく方に比重が大きくなっていきました。水平面であるテーブルの天板や椅子の座面に人がいた痕跡ができることは、絵画的な垂直面から人の居場所としての水平面への移行とも捉えられ、空間を使う意味ではその方がいいなと。」

 

展示作品「闇、遅れた微光」(2026年/photo: Keizo KIOKU)壁に現れる痕跡。展示作品「闇、遅れた微光」(2026年/photo: Keizo KIOKU)壁に現れる痕跡。ある舞台の奥にいる演者がスクリーンに写り込んでいる影かもしれないなど、想像力が湧いてしまう展示。

 

 

「人がいた痕跡、人が来るかもしれない予兆、自分が実際には会っていない人との関わりを実は持っているようなことは、空間があること、空間が媒介になっているからこそ可能になり、言い表せることでもあると思うんです。何か落書きをする、テープを貼る、物を置く等、スタッフと案を出し合った結果、それはいろんな方法で実現できそうだと思えました。例えば都市の中で、誰かが落書きしたり傷がついたりというようなことも過去の表れで、何日前か何年前かはわからないけど、その痕跡や記憶が見えるものとして表れているとも言える。常々、展示のような場ではそれが見えてワクワクすることが大事だと思っています。日常の空間には予測できないことが溢れている。コントロールしきれない、ということをそのまま表現に落とし込むことを考えると、リレーショナルアートみたいに人が来て何か振る舞った結果を受け入れるとか、電気をつける行為を来場者に担ってもらった方がいいとか、暗闇の状態がずっと続いてしまうかもしれないことも耐えた方がいいんだろうとか、そのあたりはずっとせめぎ合っていました。どれが一番良い状態かについては展示期間中、僕自身も何度も会場に行って観察しながら考えていました。」と振り返る。

展示をする度に、「毎回光と時間を扱っているね」と言われることが多いそうだ。確かにこの「闇、遅れた微光」も「Pole Star」や「BLINK」などの展示作品と同様、表現は異なるが光と時間を扱っている。また、本展のキュレーターである砂山太一氏からは、「今回いろんなタイプの作家を入れていて、『THE 模型』からだんだんと『現象』まで行くといいなと思っていたら、湯浅さんが一番『現象』だった」というようなことを言われたらしい。それは湯浅さんが活動の主題としている空間にまつわる「美学と表象」や、大学で担当されている設計課題や座学の内容も強く関係するのだろう。今回、展示空間そのものが大きな模型と捉えることができ、その中で普段意識をしていない、自分の姿はもちろん少し前に居た人や隣に居た人の痕跡という、見ることができなかったものを見ることができるという体験は、とても新鮮で想像力も生まれるものだった。「勉強をしに来るような展示ではなく、純粋にそれが綺麗・面白いとか、訪れた人がドキドキしてしまうものを自分も見たいので、展示をする際にはそういう状態をまずは目指しています。」と話していた湯浅さんの思いが、今回もしっかりと表現されていたのではないだろうか。また、他の出展作品も含めて、建築を専門としていない人達も都市や建築を身体や五感を通しても楽しめる展覧会で、今後の建築展の行先に期待ができるものだったと強く感じている。

 

展示作品「闇、遅れた微光」(2026年/photo: Keizo KIOKU)水平面も垂直面にも現れる痕跡。短時間のみ現れ二度とは見ることができないアート作品でもある。展示作品「闇、遅れた微光」(2026年/photo: Keizo KIOKU)水平面も垂直面にも現れる痕跡。短時間のみ現れ二度とは見ることができないアート作品でもある。

 

 

建築が日常になるには

湯浅さんは今年度から大学でかつてあった「展示」の設計課題を復活させた。やってみるととても面白く、展示を考えることは、建築や空間を設計することとすごく近いと改めて思ったそうだ。また、空間を知覚するために身体をどう養うかを学ぶ身体授業を学部一年生の短期課題としてつくり、空間をつくる前に、自らの身体で空間を体感させるところから学ばせる。今回お話を伺って、スタッフともクライアントともひたすら話し合いを重ね、全てスケッチで建物・空間の最良案を導いていくプロジェクトの進め方は、湯浅さんが常に複数軸で物事を考えていることに加えて、クライアントからの要望や問題点などを整理していく上でも必要不可欠で、作品に関しては、自身の藝大での学びや、大学の研究室と学部での活動や教育の影響が大きいようにみえた。
多摩美の建築・環境デザイン学科は、建築、インテリア、ランドスケープの3分野だけではなく、写真や映像、テキスタイルや絵画など美術関係のあらゆる学生と協働作業が可能な場である。それは年々増えている、多様な分野の専門家と協働して建築をつくっていくスタイルとも近い。いわゆる「THE 建築」の学びではなく、より身近な身体、経験、現象、そして展示等からも考えさせていく学びは、本当の意味で建築に携わる人たちに必要なのではないかと思わずにいられない。湯浅さんたちが変えていく学びの場から巣立つ学生たちが、いつか多様なアプローチで建築に関わりながら、建築の新しい表し方や見せ方、ワクワクする作品を生み出してくれることにも期待したい。

現在湯浅さんは、2026年12月31日(木)まで臨海エリア、日比谷・丸の内エリア、代々木・渋谷エリアで開催中のARTE TOKYO(アルテ・トーキョー)に個人名で参加している。建築コレクティブのGROUPと共に「風船と椅子」* と題する、11組の風船と椅子が、お台場の大きな景色を滞在と遊びの舞台へと変えていく展示は、シンボルプロムナード公園内のウエストプロムナードで11月7日(土)〜12月31日(木)まで開催される。今回は人々が行き交う遊歩道に、風船によってわずかに浮いた椅子を置くことで、都市の中に出現した野外劇場のような、ぶっつけ本番の予期せぬさまざまなシーンが次々と生まれる場になるのではと想像する。「最近は都市に関わりを出すようになっています」と、湯浅さんが楽しそうだったのが印象に残っている。
普段通り過ぎ、意識もしていなかった建物や空間が、少しずつ自身の日常の一部となり日々を彩ることにつながれば、いつも見慣れた風景(街並み)や建物などに愛着が湧き出し、大事にしたいと思う人が増えていくことにつながるかもしれない。そんな意識へと変えてくれる、湯浅さんの建築・空間から都市へと広がっていく活動や作品をいろいろな場で体感できることを楽しみにしている。

 
 

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