ピークスタジオは、藤木俊大さんと佐屋香織さんが主宰する設計事務所で、ふたりは山本理顕設計工場勤務時代の同僚でもある。独立して間もなくすると、カフェ「新城テラス」(2016年)の設計依頼をきっかけに川崎市の武蔵新城に拠点を構え、まちのコミュニティと密接に関わりながら多様な居場所づくりを続けてきた。そして2023年に川崎市高津区にある橘公園のPark-PFI事業の事業者に選定されると、2024年に公園内の管理棟をリノベーションした複合施設「TACHIBANA HUT」に事務所を移し、自らが指揮をとって公園とまちの人びとをつなぐ取り組みを始めたのである。近年増えつつあるPark-PFI事業だが、建築家自らがプレイヤーとなる事例はまだ少ない。日本各地での設計活動と並行しながら新たな活動の曲面を迎えたおふたりに話を伺った。
ピークスタジオが川崎市の武蔵新城にやってきたのは2016年のこと。独立して丸1年が経った頃である。JR南武線武蔵新城駅エリアに多くの物件を持つ地主であり、自身もリノベーションスクールに通うなど、物件の価値を上げるとともに、住まい手と地域の人びとをつなぐ場づくりを複数の建築家と連携して進める石井秀和さんとの出会いがきっかけだった。
「武蔵新城のエリアリノベーションを始めようとされていた石井さんは当時、武蔵新城駅界隈のまち歩きマップをつくろうとしていました。それに相応しい絵やイラストを描ける人を探していたんです。僕の最初の仕事はイラストレータでした」と藤木さん。
山本理顕設計工場に勤務していた頃はコンペのパースを担当するなどイラストが得意で、まちづくりに興味をもっていた藤木さんはまさに適任だった。ほかにも持ち前のデザイン力を活かして、商店街のお店が提供する1000円のメニューを食べ歩くイベント「1000bero」や、お店の人がプロの知識を教えてくれる「まちゼミ」のイベントのチラシを作成したりと、細かな要望にひとつひとつ応えていった。
そうして半年が経ち武蔵新城のエリアリノベーションが具現化し始めた頃、企画から関わっていたカフェの内装の依頼を受けた。「新城テラス」である。「新城テラス」は武蔵新城駅近くに建つ集合住宅「セシーズイシイ7」の1階を管理事務所からカフェに変える計画で、ベッドタウンである武蔵新城に住む、主に単身者を想定して、地域と交流する拠点となることを目指したものである。
改修の段階から積極的につくる過程や関わる人を地域へ開いていったことが功を奏して、カフェはまちなかの居場所として徐々に認知されていった。今では周辺スペースも巻き込んでマルシェが開催されたり、中庭を挟んで斜向かいに位置するレンタルスペースも使って子どものためのワークショップが開催されるなど、まちの新たな基点としても機能している。
「店内の立体的な木格子には品物を並べたり、作品を展示したり、コミュニケーションのツールとして利用されたりと、使い手の反応を間近に見続けられたのはよい経験でした。そこから次の一手を考えています」と佐屋さん。
「新城テラス」の内観。天井の木格子は照明やプランター掛けとして、壁の木格子は棚や掲示板の役割を果たす。ピークスタジオの展覧会(「PEAKSTUDIOの仕事展」2017年)もここで開催した。©Mariko Ohya
また「新城テラス」の依頼を受けたことをきっかけに、武蔵新城を本格的に拠点とすべく2016年に「第六南荘」に事務所を移した。築年数が60年近いこともあり自由に改修してよかったことと、まちと直接つながれる1階であることが決め手となった。しかしいざ入居してみると、せっかく1階なのに前面道路と居室を隔てるブロック塀の存在が邪魔だったので、オーナーの許可を得てブロック塀を取り払って道路からダイレクトにアクセスできるようにした。
「私たちが来た当初はまだ1階にも住んでいる方がいて、突然塀を壊したのでものすごく怒られました。その方には上の階に移っていただいたのですが、すると1階の空室を店舗として借りたいという人がでてきたんです」と佐屋さん。
まちと直接繋がれる居室は店舗として好条件であり、まちの風景の一部となっている年季の入った建物も魅力となったようだ。そこで居室回りもベランダの手すりを取り去ってデッキと階段を追加し、数年をかけて1階の全戸(4戸)を同じプランへと整えていった(2018年)。さらに、南側にあった駐輪場も撤去してベンチスペースを設置、裏庭にはハーブ園をつくりベンチやテーブルを設えて、まちの人が裏にも自由に出入りできるようにした(2020年)。一般的な集合住宅を、時間をかけて「公園化」していったのだ。
「最初からテナントとして完成した形にしていたら、今のようにはなっていなかったかもしれません。たとえば一室をレンタルスペースにしていたら、そこを借りてお店として使う人がいるから、じゃあこの人のお店に変えよう、というように、リアクションを見ながら少しずつ改修してきた結果だと思います」と藤木さんは言う。
今では住人の人たちが自治会を運営してイベントを企画したり、共有スペースの植栽の植え替えや雑草取りなどを自主的に行なっているという。普遍性や効率だけを求めるのではない、具体的でその場所ならではの反応を細やかに観察し、個別解を提案してきたからこそ成し得たかたちなのである。
「ダイロクパーク(第六南荘改修)」。バルコニー前にあったコンクリートブロック塀を撤去し、前面道路から直接各住戸にアプローチできるように階段を設置してデッキを張り出した。©Nao Takahashi
そうして人とまちをつなぐ居場所をつくってきたピークスタジオだが、現在は川崎市高津区の橘公園を拠点として、新たな活動のフェーズに入っている。
川崎市の橘公園の魅力向上に向けたPark-PFI事業の事業者として選定され、再整備の設計・監理、リブランディングや企画の設計・実施の一環として、2024年6月に「TACHIBANA HUT(たちばなハット)」をオープンし、事務所もその中に構えたのだ。
「TACHIBANA HUT」は10年ほど前から使われていなかった公園の管理棟(旧・西部公園事務所)をリニューアルし、1階にレンタルスペースとシェアキッチン、POPUP SHOP、会議室を、2階にピークスタジオの管理事務所とコワーキングスペースを設えた複合施設である。
そのほか別棟として建てたカフェスタンドには、地域の人びとの支持を集める新城駅前のカフェ「TALUTO DOT COFFEE」に声をかけ2号店を出店してもらい、敷地の一部にはコミュニティファームをつくって、食の自給で地域をつなぐことを試みる「野菜だいすきファーム」という市民団体に運営してもらっている。「PFIの募集がかかる前に、橘公園をより活用していくための実証実験があって、1ヶ月ほど参加しました。日々の利用実態を把握し、地域のひととつながりをつくっていったのですが、その経験を踏まえて機能を決めていきました」とふたりは語る。
1階の広々としたレンタルスペースは、普段は休憩所として利用されるが、貸切りの予約が入ると、シェアキッチンを使った子どもたちのご飯会だったり、障害者の方の施設のイベントだったり、またアパレルの方が仕上げを剥がしただけの壁を背景に撮影をしに来たりと、思いがけない使い方をされることもあると言う。またPOPUP SHOPは店舗として使えるように登録してあるのでお菓子屋さんが定期的に販売に利用するほか、コミュニティファームの方が野菜を販売したりと少しずつこの場所ならではの売店として機能し始めている。
2階は、ピークスタジオの事務所と全開可能な建具の壁を介してコワーキングスペースが隣り合う。そもそもコワーキングスペースをつくったのは、実証実験時にとったアンケートで利用者に働く世代が少なかったためである。それならばコワーキングスペースをつくって、働く世代を呼び込もうと考えたのだ。またコワーキングスペースの利用法には、リモートワーカーの滞在はもちろんだが、子どもがグランドでサッカー教室に参加している間の隙間時間に働いたり、意外と多かったのは受験を控えた学生の自習室としての活用なのだそう。隣にある設計事務所の存在が安心感につながっているようだ。コワーキングスペースは、今のところ会員数も限定的だが、利用プランを増やし使い勝手をよくして徐々に広めていきたいと計画中である。
使われていなかった公園管理棟を改修し、シェアキッチンやレンタルスペース、コワーキングスペースなどのほかピークスタジオの事務所も入った複合施設「TACHIBANA HUT」。子育て世代を中心に利用者も徐々に増えてきている。手前はカフェスタンド。©Nao Takahashi
「TACHIBANA HUT」のエントランス回り。赤いタイルが敷いてある部分はペット連れの利用も可能。中央の棚はPOPUP SHOPとして機能し、棚の配置はフレキシブルに変えられる。正面奥はレンタルスペースで、コンクリートの壁は既存の仕上げを剥がした状態のまま利用している。©Nao Takahashi
PFI事業者として期待されていることには、公園に賑わいをもたらし、その価値を高めていくことのほかに、公園の見回りや公衆トイレの清掃なども含まれる。これまでは自分たちで行ったり、業者に依頼したりしていたが、最近はボランティアの方と協力して行い始めていると言う。そうして「人びとを巻き込んでコミュニティをつくりながら、いかに公園に愛着をもち、維持管理も含めて〈自分ごと化〉して考えてもらえるかが、この20年のテーマです」とふたりは語った。
そんな中、明るい未来を感じるのは、子どもたちの存在である。
「公園でゴミ拾いなどしているといちばん声をかけてくれるのが子どもたちです。隣が小学校なので、これまでもSDGsの一環として保存食や本、おもちゃなどの回収ボックスを設置したり、子どもたちが育てたパンジーの苗を公園の花壇に植えたりと緩やかな連携はありましたが、もっと継続的に一緒にできることがあるとよいなと思います」と佐屋さん。たとえばゴミ拾いに参加したらポイントをつけて、一定の数値に達したらイベントの時に特典がもらえるなど、楽しみながら公園を自分たちの場所であると考えてもらえる方法を模索中とのこと。
またイベントも、最初はフェスやマルシェのような、主催者(売り手)と参加者(買い手)が明確に分かれるかたちで催してきたが、2025年5月30日に開催した「蚤の市」では、作家や事業者でなくても、自分の家から不用品をもってくれば誰でも売り手としても参加できるというように、地域の人びとのイベントへの関わり代を増やしていく方向へシフトしている。
「提供されたものを享受するだけではない、イベントも〈自分ごと化〉して感じてもらえたらと思っています。昨年の秋から布のアップサイクルにシナジーメディアさんという企業と取り組んでいて、古着、古布を公園で使える新しい生地に変える計画を進めていますが、製品となったものをいきなり持ち込むのではなく、製造する過程も共有しています。環境への配慮でもあるリサイクルやアップサイクルも〈自分ごと化〉してとらえてもらえる機会をつくりはじめています」と佐屋さんは言う。
そうして状況をじっくりと観察しながら少しずつ歩みを進めるふたりだが、20年という年月を背負うことへのプレッシャーはなかったのだろうか。
「公園で働けることを面白がれるかですね。武蔵新城では成熟したコミュニティのなかに公共性をもったみんなの居場所をいかにつくれるかというチャレンジでしたが、ここはまさに公共の場であり、私たちの拠点でもあります。リアルにこの場所を知って、地域の人びとの声をダイレクトに聞きながら取り組めているので、これまでとは違った景色が見えてくると思います」と藤木さん。そして20年という時間のなかで、「じわじわと公園を育てていきたいですね。最初から完成形をつくってしまったらまちの人びとは消費者でしかなくなってしまいます。未完成の足りない部分を補いながらよくしていこうと地域を巻き込んでいくことに意味があると思います」と佐屋さんは続ける。
まさに公園の〈自分ごと化〉である。
そんな中、次なる仕掛けとしてはこの場所から生まれる商品づくりを考えているそうだ。
「地域おこしで地酒をつくることがよくありますが、われわれはレモンを育ててレモネードをつくれたらいいなと思っています。野菜だいすきファームさんもレモンを育てることに賛成で、子どもが触ることを考えても棘のないレモンであれば問題ありません。また、ドリンクをつくる専門でもあるTALUTO DOT COFFEEさんは、実はレモンタルトが美味しいんです。レモンはシンボルツリーにもなりますし、この場所から生まれるものがここならではの特徴のひとつになっていくとよいなと思います」。
名産をもつことは、その場所に対する人びとの誇りにもきっとつながるだろう。
公園は誰でも利用できる場だが、実際に多様な立場にある人びとにとっての居場所として機能するには、それぞれのニーズを引き出し、叶えていく必要がある。しかしその過程を使い手も共有しなければ、〈自分ごと化〉はおそらくできない。何かしら関わってみるという、その一歩をいかにして引き出すかが大きなテーマであるが、藤木さんと佐屋さんの街に提案を投げかけた後の細やかな観察力と、提案に反応したまちと人びとの行方を時間をかけて調整していくプロジェクトの進め方なら、地域のひとびとの日常の中に公園の存在を位置付けていくことだろう。そして20年という長い年月を味方につけて、ここならではの地域性を反映したコミュニティと居場所をつくっていくに違いない。
そもそも公共の場に自分の居場所を見出すとはどういうことなのか。まずは利用者となった自分を思い描き、テーマを〈自分ごと化〉して身近なところから考えてみたい。
Cookie(クッキー)
当社のウェブサイトは、利便性、品質維持・向上を目的に、Cookie を使用しております。詳しくはクッキー使用についてをご覧ください。
Cookie の利用に同意頂ける場合は、「同意する」ボタンを押してください。同意頂けない場合は、ブラウザを閉じて閲覧を中止してください。