世界の建築は今 No.134

淵上正幸(Masayuki Fuchigami / 建築ジャーナリスト)

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最終更新 2016/12/05 10:00

Estonia National Museum (Tartu, Estonia)

エストニア国立博物館(エストニア、タルトゥ)

Design : Dorell.Ghotmeh.Tane / Architects
設計:ドレル・ゴットメ・田根 / アーキテクツ


無限の彼方へ飛翔するメモリー・フィールド

エストニアはバルト3国の一番北側にある国で、「エストニア国立博物館」は首都タリンから南に180kmほどのところにあるエストニア第2の都市であるタルトゥにある。タリンが政治・経済の中心地であるのに対し、タルトゥは学問・文化の中心地だ。

厳しい過去を経験したエストニアは、19世紀になって国民的意識の拡散、エストニア語による文学・演劇・音楽の確立、およびエストニア国民性の形成がなされ覚醒の時代を迎えた。当初エストニアは1920年代にソビエト連邦の支配から開放されたが、第2次世界大戦中に再度ソ連邦に占領され、その後第3帝国に占領された。1944年にまたソ連邦の支配下に入った。

1991年8月再度独立を獲得したエストニアは、2004年にEUに加盟。社会的・経済的なリフォームを急ぐ同国にとって、新しい「エストニア国立博物館」の創出は、ナショナル・アイデンティティーとユニークな文化的歴史における誇りを再認識する要であった。かくして140,000点の展示品をもち、広さ34,000m2の規模を有する博物館の国際コンペが、2005年に打ち上げられた。

1等を獲得したパリの設計事務所DGT.(ドレル・ゴットメ・田根)の”メモリー・フィールド”と呼ばれる応募案は、コンペ応募要項そのものに対するチャレンジだった。というのはDGT.の案はコンペで規定された敷地ではなく、その近くにあるかつてのソビエト連邦軍事基地、すなわち苦渋の歴史を秘めた物理的な廃墟を敷地に想定した案だったからだ。

ソ連邦による半世紀以上の悲惨な占領という歴史を、未だに残るその痕跡を否定して、国の記憶から消し去ることがあってはならない。むしろそれらに新しい意味を付与することで、希望を喚起するというのが、DGT.案のコンセプチュアル・ベースであった。

敷地は見捨てられたソ連軍基地の滑走路だ。この空虚な長さ1.2kmの滑走路を延長させつつ徐々に傾斜を上げて博物館の屋根へと連繫する。シンボリックで無限の彼方へ飛翔するかのような、長さ350m余、幅70m余の伸びやかなフォルムが素晴らしい。負の遺産を希望へと生かそうとする田根剛さんたちの試みは、ヴィニー・マース(MVRDV)をはじめ多くのコンペ審査員の心を動かしたに違いない。

建物は南西端部で最高の高さになり、そこがエントランス側だ。正面側からエントランス・ポーチを見ると、広い高さ14mのキャノピーがキャンティレバーで突出してポーチ部分を覆っている。両翼の壁面が中央のエントランスに向けて収束し、強烈なパースペクティブ効果を発揮。

こうしたシンプルでジオメトリックな構成が生み出すシャープな印象が、「エストニア国立博物館」デザインの特徴のひとつであると同時に、新進建築家らしいフレッシュな造形センスが頼もしい。エントランスは両翼の壁が直角を形成するフォーカス・ポイントにあり、深度のあるアプローチにより入口に吸い込まれるような感覚だ。

内部はエントランスから、多目的スペース、常設展示スペース、カフェ、滑走路側エントランスと、直線的で明快な動線配置。レストランは多目的スペースの北西側で、ちょうど建物が谷の流れをまたぐ上部に配され、素晴らしい外部景観を楽しめる。

なお「エストニア国立博物館」は、フランス建築家による海外建築作品に贈られるAFEXグランプリを、第15回ヴェニス建築ビエンナーレで受賞。また話題をまいた「東京オリンピック・スタジアム」国際コンペで、DGT.はファイナリストに残る好成績で近年の活躍が目覚しい。


[図 面]

 

[建築家]

■ドレル・ゴットメ・田根/アーキテクツ略


ポートレイト:左より田根剛、リナ・ゴットメ、ダン・ドレル ©Alexandre Isard

2006年 パリにダン・ドレル、リナ・ゴットメ、田根剛の共同主宰による都市・建築・空間デザインの設計事務所を設立
同年「エストニア国立博物館」の国際設計コンペで最優秀賞
2008年 フランス文化省よりNAJAP2007-8’建築賞
2014年 フランス文化庁新進建築家賞、ミラノ・デザイン・アワード2部門受賞
2015年 新国立競技場基本構想国際デザイン競技・ファイナリスト
2016年 AFEX2016グランプリ受賞

 

●ダン・ドレル(イタリア)

DGT.の創設パートナー。

1998年 ミラノ工科大学卒業。レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ、アトリエ・ジャン・ヌーヴェル等に勤務。
2006年 ドレル・ゴットメ・田根/アーキテクツを設立。

 

●リナ・ゴットメ(レバノン)

DGT.の創設パートナー。

ベイルート・アメリカン大学等を卒業。アトリエ・ジャン・ヌーヴェル、フォスター&パートナーズ等に勤務。
2006年 ドレル・ゴットメ・田根/アーキテクツを設立。

 

●田根剛(日本)

DGT.の創設パートナー。

2002年 北海道東海大学建築学科卒業。ヘニング・ラーセン事務所、デビッド・アジャイエ事務所等に勤務。
2006年 ドレル・ゴットメ・田根/アーキテクツを設立。
2012年 コロンビア大学GSAPP講師

 
■代表作

主な代表作に、SHIKAKU,、mina perhonen fashion show、PLAY 2 PLAY-干渉する次元、A STONE GARDEN、LUCE TEMPO LUOGO、バレエ・中国の不思議な役人、オペラ・青髭公の城、The Bump - Renault motershow、新井淳一の布・伝統と創生、LIGHT is TIME、HERMES - CAMBRIAN FEAST、北斎展・グランパ、千總本社ビル改装、HOUSE for OISO、LIGHT in WATER、ミナカケル、とらやパリ、建築家 フランク・リー展、エストニア国立博物館など多数。

Photos and Material: Courtesy of DGT.

 


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