レポート

Gion A. Caminada(ジョン・A・カミナダ)氏 東京大学講演会

文・写真:柴田直美

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去る2015 年1 月24 日(土)、東京大学工学部一号館において、スイス人建築家のカミナダ氏の講演が開催された。カミナダ氏はスイスの山深い村フリンに生まれ育ち、30 年近くこの集落のための住宅や公共施設などを設計し続けている。
現在はチューリッヒにあるスイス連邦工科大学で教授として教鞭を執るが、依然として自身の設計事務所も自宅もフリンにある。2004 年にスイスの建築雑誌『werk, bauen + wohnen』に掲載された氏の建築を見た時から10 年、フリンの風景とそこにどっしりと根ざしたような暖かくも品がある建築を半ば夢のように思いながら、ついに講演を聴講できるとあって非常に楽しみにしていた。

講演に先立ち、日本および海外の都市と建築の歴史を研究し、スイスとの研究協力を目指しているという伊藤毅教授(東京大学工学部建築学科)より、文部科学省の招聘によりカミナダ氏の初来日が実現した経緯の説明があった。
続いて、スイス連邦工科大学でカミナダ氏に師事していた樋口貴彦氏(飯田市歴史研究所研究員)と大和田卓氏(東京大学大学院 建築学専攻 修士課程)より、「スイスの地方-フリン村の景観と建築の更新について」と題し、スイスの代名詞とされるアルプスの山々のイメージの変容や、農村が観光地化しているスイスの現状、カミナダ氏が活動しているフリンという村へのアクセスなどの基本情報についてプレゼンテーションが行われた。
美しい谷間にあるフリンは250 人程度が暮らす、ごく小さな村であり、チューリッヒからは電車とバスを乗り継いで4時間程度。4 つの公用語を持つスイス国内でドイツ語(約65%)、フランス語(約20%)、イタリア語(約6%)に次ぐ第4の国語、ロマンシュ語(約0.5%)を使用している。 酪農業を営む家庭が多く、周辺の山から切り出したモミやカラマツなどでできた木造の住宅と畜舎が点在している。建築物の大半は築100 年以上で最も古いものは築約300 年。経年変化による木の変色により色とりどりの表情を生んでいる。建物が傷んだとしてもその部分のみを修復し、使い続けているということが壁面から見て取れる。1980 年代に当時の若い世代が『フリンに住み続ける』という決断をしたことにより、以降の顕著な人口の減少は認められないが、最近ではライフスタイルの変化から、年間を通して居住しない住民も増えているという。

その後、カミナダ氏による『集落が生きていくために, 建築家にできること? Orte schaffen / 場所をつくるということ?』と題された講演が始まり、氏は一貫して『文化的多様性の破壊』に対して異議を唱え、『相違』が生みだす美しさを語った。
『現代はモビリティと技術の進歩により、どこでも同じような景観が見られ、住んでいる場所との対峙が欠けている。
それはアイデンティティの欠如を意味する。』とカミナダ氏は指摘する。『多様的な相違こそが最も美しい概念であり、その相違を特性として強化することでアイデンティティを生みだす(ほっとする、安心する)ことができる。そこにある内在する力が価値観を変え、視覚を超えた美しさを持つものが景観として知覚される。』というカミナダ氏は、『その地域の歴史的、地理的、または文化的などのあらゆる固有性の中で設計することはけっして限定的ではない。むしろ、そのコンテクストの中で解放的になることができる。』とも言う。
『住宅は機械でなくていい』と考えるカミナダ氏はエネルギー問題についても言及し、福島の原発事故のあと、全世界的にエネルギーシフトが進められているが、『人間の行動による省エネもできるはず』と機械で代替する方向性には疑問を呈する。山林業を学ぶ大人や子どもためのセミナーハウス(Waldhutte, Domat/Ems)の設計においては、木材に触れること、木材の匂いを嗅ぐことなど、自然現象が五感を刺激する空間を実現している。逆アーチを描く天井は暖房効率が良い形状として採用され、木材を無駄にしないため、端材とみなされてしまうような木の端の部分も天井に使用している。この空間での鈍い音響も含めて、森林の懐の深さを体感することで資源やエネルギーの問題を身近に感じることができるだろう。
また木造校倉造りの住宅を手がける理由は地元の木材の特性が校倉造りに合うからである。学校に付属した多目的ホール(Mehrzweckhalle, Vrin))では、木造で大きなスパンの空間をつくるために接着剤を使わない張弦梁の小屋組を採用した。いずれもサステイナビリティという点においても、特筆すべき事例である。

公民館((旧)村役場)、製材所、畜殺及び食肉製造販売所 、公衆電話ボックスなどフリンにたくさんの建築を手がけるカミナダ氏が 『死者の居室(Stiva da morts, Vrin)』と名付けた霊安室を手がけた時は特別だったと言う。『相違性はある程度の類似があってこそ成り立つ。』というカミナダ氏の建築は周囲から飛び抜けて目立つようなものではなく、『そもそもコントラストというものは作るものではない。文化+人+建築によって、相違性が無理なく生まれる。』と語る。しかし、死者の居室は、日常とは離れ、遺された人々の悲しみに寄り添うような追悼の空間を目指していた。そこには神聖化するためのコントラストが必要とされていたので、古くから塗料原料とされてきたカゼインという塗料(牛乳中のリンタンパク質)で白く塗装された。儀式を継承していくという意味でも地域にとって意義深い建築である。

カミナダ氏は『建築中心主義にならないように。』というメッセージを伝えつつも『ただし、これは報告であり、主張ではない。これが正しいといった瞬間にそれは正しくなくなるから。』と講演を締めくくった。
カミナダ氏の建築は地元の職人たちが支えているが、氏が考える『職人』とは、忍耐強く、価値あるものを生みだす、プロフェッショナルである全ての人である。『自立性を持つ人は依存ではなく連携ができる。』とも。
小さなコミュニティに成熟した考え方。フリンという村がまさに人と文化によって相違性を獲得し、自立したコミュニティとして存続していくのだろう。大都市を中心に考え、小さなコミュニティが無力のように思ってしまうこと、それらの価値観は近いうちに変わって行くだろう、変わってほしいと思った。

日 時:2015 年1 月24 日(土)13:00-15:30

会 場:東京大学工学部一号館15 号講義室 〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1

主 催:2013-2017 年度科学研究費補助金・基盤研究(S)「わが国における都市史学の確立と展開にむけての基盤的研究」(研究代表者:伊藤毅)

共 催:飯田市歴史研究所

協 力:加藤道夫研究室

Gion Antoni Caminada / ジョン・アントニ・カミナダ
建築家。1957 年生まれ。1998 年からはスイス連邦工科大学チューリッヒ校建築学専攻の助教授、2008 年からは教授を務める。