インタビュー No.014

平田晃久展「Tangling」

平田晃久氏 インタビュー


- 再生時間:17分09秒 -

平田氏の建築は、まるで生きているかのように、周りの空間を取り込み、豊かな空間の質を生み出している。今回、英国ロンドンで行われる平田晃久展「Tangling」、では、<からまりしろ>をキーワードに、平田氏が提唱する生態系の秩序に持続するような新しい建築のコンセプトであり、これを伝える展示空間が構成される。そのような展示空間と<からまりしろ>のコンセプトについて話を聞いた。

展示会について

平田

これは、事実上まとまった形で行う海外で初めての個展となり、ロンドンのアーキテクチャーファンデーションという会場で開催します。建物の1階にある会場なんですが、こういった細長いスペースで、そこでまずは自分の考えた建築に関するコンセプトをまずは見せたいという展覧会です。ただ、コンセプトというのは、実際の作業を通して初めて見えてくるものなので、主に建築の作っていくプロセスの中で考えたことが見えるということを重視して、尚且つ作品もある程度見えてくるという展覧会になっています。

平田

その大きなきっかけを作っているのが、ここに見えている構造物です。これは、<むすびめ>といって輪なんですけれども、自分自身を何回かくくっている形をモチーフに作っています。ちょうど人の体を横切るくらいのスケールで人の高さで、人がくぐって中に入ったり、あるいは構造物から頭を出したりできるようなスケールになっています。この構造物は、構造的に自立しているものなのですが、この場合だと展示物がからまるきっかけとなっているんですね。

僕は最近、本を出したりして「建築とは<からまりしろ>をつくることである」という、ちょっと謎めいた話をしているのですが、<からまりしろ>というのは、この展覧会のテーマであるTanglingっていう話と全く同じことです。英語で言うとTanglingって話になるんですが、自然とか生き物の世界の秩序と建築がもっと近づけないか、というのが、僕の大きなテーマでして、それをこのインスタレーションでみせたいと思っています。

Tanglingの世界とは

平田

自然とか生き物の世界を観察すると、生きている世界というのは、ちょっとしたきっかけがあったらそこに色々なものが絡まって、またそこにさらに色々なものが絡まっていき、ずっと複層していき、非常に複雑な秩序がいつの間にかできているという成り立ちをしていると思うのです。例えば非常に身近な例で言うと、よく使うのですけど子持昆布の例とかがあって、子持昆布というのは、魚の卵が昆布に絡まって、その昆布というのもまた海底の凸凹とした岩に絡まっているように、どんどん入れ子状に複雑な秩序ができていっているんですね。人間の作っている都市というのも表面が凸凹していて、人の為の<からまりしろ>が増えていっているという考え方もできると思います。同じように建築が、自然の秩序の一部になっていく為には、箱を作って空間を作ってその中をコントロールするっていう考え方ではなくて、もうちょっと人の為の<からまりしろ>が増えていく、人だけでなく人以外の生物とか様々なものがからまっていくきっかけを作っていくっていうコンセプトで建築を捉えたらどうだろうかという話なんですよね。

そのことをここでは小規模にインスタレーションにしていて、この構造物がある種の<からまりしろ>になっていて、ここに今まで考えた模型(主にスタディー模型)が、考えがどういう風に展開していったか、というのが解る形でこの壁の上に展示されるということになります。

展示空間について

平田

このように(構造物が)とぐろを巻いているので、例えばあるプロジェクトのアイディアとそれに似た系列のアイディアが隣り合ったり、あるいは、このプロジェクトとこっちのプロジェクトは、直接アイディア・形は似ていないけれども、考え方が似ているとか、そういった関係が非常に複雑にプロットできるんですよね。だから、この中に入ると頭の中で色々考えていたことがある種追体験できるという関係性の場の中に入っていく感じがあると思っています。

映像展示について

平田

実は、ここには映像が打たれる予定で、その映像は僕の建築の中で撮られた映像なんですが、3つの異なった視点で同時に撮られた画像を流す試みです。そういう試みというのはプロジェクト段階でのプレゼンテーションで今までしたことあったんですが、現実の建築の中で同時に撮った画像を並べて展示するということは、今までやったことがなくて、しかも(同エリア内の画面で)3つの違った視点のものが同時に打たれるという。こちらにも打たれるというものです。ここに入った人は、3つの違った視点で同時に同じ建物で撮られた映像をみることになります。例えば、新潟で作った農作業機具のショウルームというのがあるのですが、その中を歩いていくと本当に色々な風景が変わっていきます。それを3つ違った視点で3つの視点を一緒に移動させながら、撮った映像を流して、同時には体験できないけれどもそこに共存しているものが、映像でリンクしている状態をつくります。

生態学的(エコロジカル)な建築

平田

<からまりしろ>というのは、要は、建物に構造物が絡まっていて、構造物に模型が絡まっていて、そこに人が絡まっていって、色々な考えが絡まっていくというのが大きな考えです。もう一つ同じテーマのもとで、考えているキーワードというのがあって、それは「同時存在」とか「共存」という話なんです。

生き物の世界というのは色々なものが絡まっている複雑な秩序のものが一個の共存の秩序を作っていると思うんです。僕が好きなライプニッツの言葉で、「空間とは同時存在の秩序である」という言葉があります。ライプニッツはニュートンと同じ時代の人で、ニュートンというのは、絶対空間というのがまずあって、その中でモノが動くんだと言った人ですけど、ライプニッツはそれと全くの正反対のことを同じ時代に言っていて、そういう空間というのがまず最初にあるという考えがまず間違っていると、モノ同士が関係していることが空間なんだという、ちょっと逆転の発想を言ったんですが、彼の発想というのは非常に現代的ですし、ある意味では生物の成している秩序と結構近いなと思うのです。予めある秩序を想定してその中に当てはめていくという考えではなくて、絡まり合って同時存在しているそのものが秩序なんだっていう言い方に近いと思うんですよね。それは非常に現代の本当の意味でのエコロジカルな建築の方向性を示唆していると思っています。これからの生物的な秩序・エコロジカルで生態学的な建築を考えていく時に、非常にキーになっていくのではないかと思います。でもそれをどうやって考えていったら良いかっていうのはちょっと抽象的な概念では分かりにくいので、僕なりにそれを読み解いて、建築にしていく時の具体的なとっかかりになるような言葉を考えたのが、<からまりしろ><からまる>っていうキーワードかなと思っているんですよね。だから、より具体的に生態学的建築に近づく為の方法を含んだコンセプチュアルなキーワードだと思っています。

共存の秩序というのは一般的な概念ですが、<からまりしろ>というのはより具体的な僕の建築のコンセプトだと思います。ただ、それは個人としての作家として、こういうステートメントなんだということを越えて、もう少し大きな広がりを持った考え方に繋がっていけると良いなという思いで、そういう言葉を発しているところがあって、僕はこういう個性でやっていくという意味で<からまる>ということを言っているよりは、恐らくはこの先、生態学的な建築のあり方を考えていく時に<からまる>ということ<からまりしろ>と同じような内容の思考というのは、必ず念頭に考えに上がってこざるを得ない道筋のようなものかもしれないと思っていて、そういうことを発信するということに意味があるのではないかと思っています。

生き物と建築の境とは

平田

なんにもなくても良いはずの世界が、あるまとまりが生まれていくという不思議さを僕はテーマにしていると思います。ある時、アルプスの山脈に雲がからまりついているすごく綺麗な景色をたまたま飛行機から見る機会がありました。そこに光が射していて非常に美しかったんですが、その景色を観た時に綺麗だなと思うと同時に、この雲が絡まって全体ができている感じというのは、アルプスが無かったらこういう状態は生まれることはなく、その絡まっている状態というのは何も無くても良いはずのところに生まれている不思議な状態だなと思ったんですよね。僕は生きているものと、生きていないものの境目について、生きていないものというのは、完全に何も無くなっていって、均質になっていって最後には差異が無くなる世界で、放っておいているのに、何らか纏まりが出来ていくということと両極にあると考えています。ですが、そのアルプスの風景というのは、ちょうど生きていいるものと生きていないものの中間にあるような光景だと思いました。建築もリテラルには生き物ではないわけなんですけれども、しかし、色々な捉え方をしていくと生きているものにかなり近い捉え方ができるのではないかと思っていて、一つの捉え方としてはそういうアルプスと雲の関係、そこに生まれている纏まりというものが生きているものに近いのだとすると、建築との関係もそれに近いと思います。

例えば、貝殻は生きているかというと、そこには生きていたものの痕跡があるというか、生きている世界からできているわけですし、建物というのも生きているものの生命活動からできている訳ですから、その建物自体は生きていないと言えるかもしれないけど、生きているものの一部だと思います。もっと大きな見方をして、一万年とかのレベルでみれば街というのは生まれたり消えたりしているものによって構成されていて、それこそ本当 に生 きていると言えるかもしれない。「生命のような」という比喩として生き物のような建築を作るとか、そのようなイメージで作るとかいう意味ではなく、建築とか都市というのは生きている世界の本当に一部なんだという考えをもてるのならば、今までの「生命のような建築」というレベルとちょっと違う新しい展開に繋がっていくような建築の考え方ができるのではないかなと思っています。

これからの都市/建築に向けて

平田

21世紀の建築家が絶対考えなければいけないこととしては、地球全体の人口が100億を超えることだと思います。今、日本は縮小しているけれども地球全体でみた場合は、すごく(人が)増えていっているわけですよね。同じアジアに限定したとしても、日本だけでなくもう少し広げて世界をみるのならば、圧倒的に増えていっています。
やはり今までの都市の考え方・建築の作り方では太刀打ちできないことが起こっていると思うので、そういうことに対して何かしたいという思いを持ち続けなといけないのではないかと思っています。

建築をそういう生態学的な建築に近付けてみるというのは、環境に対して非常に関心が高まっている世界において、それが表面的なものに終わらないようにする為の手立てとして非常に重要だと思っています。<からまりしろ>っていうのはそういう意味では、真の意味でのエコロジカルな建築に近づく為の方法論・考え方ですので、単に建築の形・形式の問題に留まらず、もう少し広いシェアで考えていけると思います。それこそ水の流れとか、風の流れとか、太陽から来るエネルギーの問題とか、そういった外部の問題もありますし、人の流れということもあります。今まで多少念頭におかれてきたにしても、それを本当の意味で総合的に共存させる、はっきりとしたアイディアがもうちょっと要ると思っているので、そういうことをやっていきたいと思っています。

さらにもう一つは、これから発展していく国々では、必ず都市が拡大していくので、新しくできていく都市に対してもうちょっと積極的に建築的な発想でアプローチしていくようにできないかなと思っていて、単体の建築のアイディアが単体だけのアイディアになるのではなくて、もうちょっと大きな話とリンクしながら行ったり戻ったりできるような、そういうものにしたいです。
<からまりしろ>という考え方は、おそらくそういうことに向かった切っ掛けになっていく考えだと思っています。

インタビュー : 柴田直美(キュレーター)

展示会詳細 http://www.kenchiku.co.jp/event/detail.php?id=3815

<平田晃久講演>

日時:2012年9月18日(火)18:30 ~ 20:00 入場無料

会場:Bloomberg Auditorium ( 39-45 Finsbury Square, London EC2A 1HD)

events@architecturefoundation.org.uk にお名前をアルファベットで明記の上、メールでお申し込みください。(2012年9月16日(日)〆切)