菅原氏は、C+At、フランス・パリのJakob+Macfarlane、Shigeru Ban architect Europeを経て独立。独立のきっかけにもなった作品、「森のオフィス - アクアプランネット 松阪本社屋(2012年、三重県)」は、2014年日本学会作品選奨新人賞を受賞、多くの国内外のメディアに取り上げられた。
パリ在住時に訪れたフランス内外の様々な都市や村の美しさや、ランドスケープアーバニズムというエコロジカルな手法で都市を作る当時の新しい学問に興味を持ち、地域拠点の設計を手がけるようになっていく。「日本は一つひとつの建物は丁寧につくられ美しいけれど、都市自体の居心地の良さがあまりしっくりこなかった。パリは広場も道路もカフェやイベントなどに使われていて、都市自体が活動の場として美しくあるという価値観を学んだ。その経験が地域全体を見る広域な視点を養い、まちづくりや地域拠点の仕事が増えていった。ヨーロッパの都市が僕の人生を変えた気がする」と菅原さんは言う。いま話題の民間による公共空間として、多種多様な地域拠点が注目されている。それは、各地域の志のある企業や個人が、地域活性するために責任をもって構えた共有空間である。この今までにない施設を理解するために、拠点運営のソフトを理解し、新しいハードの設計に活かしたいと始めたのが、調布市の地域・交通拠点であるFUJIMI LOUNGE だ。
FUJIMI LOUNGEの外観。1階はカフェ、2、3階が事務所と住宅。事務所からは目の前の樹木が気持ち良く心地よい。
FUJIMI LOUNGEを通じて、まちに開かれた設計事務所を目指しているが、その下敷きはパリのレンゾ・ピアノの事務所の影響が大きい。そこでは、ガラス張りの一階で模型職人のおじさんがかっこよく模型を作っていて、街の人がそれを見ている。創造の場と生活が隣接する、この驚くような日常の風景に感動し、自分でも、まちに開かれた設計事務所を作ろうと決心したそうだ。
偶然にも移転先として見つけた場所は、駅と駅の中間にある短手2m〜3m、長手15m程の酒屋だった3階建の建物で、地下と1階は倉庫と店舗、2階と3階は住居だった。2階は水回り等もそのまま活かして事務所として活用。3階は断熱を入れて暑さ対策をし、菅原氏の居場所に、屋上はちょっとしたリフレッシュスペースに改装した。
ラウンジ部分は、「まちのリビングとカフェ」を目指し、今までお手伝いしていた地域や人の商品や自家製メニューがあるカフェを開き、地下にある模型製作室を兼ねた「まちの工作室」を含め、空間の時間貸しをしている。地域の人々に自分の家のリビングの延長のように使ってもらえるよう運営されている。設計事務所として設計だけでなく、その運営まで行うことで、商業や地域拠点の設計相談が以前よりも増え、仕事の幅も運営コンサルタントまでできるようになったとのこと。また、近所の方からのちょっとした設計の相談等もあり、一般的に敷居の高い「建築」という分野に、気軽にアクセスできる場ともなったと実感しているそうだ。
1階のカフェ。美味しいドリップコーヒーと手作りスイーツはお勧め。地元調布のパンやビール、菅原さんが関わった地域拠点のワインやおつまみも楽しめる。
FUJIMI LOUNGEを交通拠点として位置付けていると菅原さんは言う。「駅前を活性化するには商業を誘致する方法がある。一方、活性化することで大きく変わるのは圧倒的な住人がいる、駅と駅の間にあるバスや自転車が交通手段となる住宅地。そのような地域には、飲食店や物販店は点在しているので、この施設間を含め、地域を回遊する手段が重要だと考えました。FUJIMI LOUNGEは地域拠点であり、バス停前である立地を活かし、シェアサイクルステーションとすることで、歩行、自転車、バスの結節点となる交通拠点を兼ねています。」と話す。これは菅原さんが全国で仕掛けようとしているマイクロ・パブリック・ネットワークという手法で、大規模開発と違い、その場の雰囲気やあり方を保持しながらも、民間公共空間としての地域拠点や交通拠点を点在させ、そのネットワークで新しい回遊性やコミュニティを生み出せないかという考えで、地域活性の具体的戦略として実践しているという。その一つの例が、この場所だったからこそ実現できたイベントの「空き家×カフェスタンプラリー」だ。調布市は、空き家バンクをシルバー人材センターと連携して作る仕組みを空き家対策課が行なっている。ここ富士見町は調布市の空き家対策重点地区で、調布市もシェアサイクルを始めたこともあり、空き家対策課と一緒に空き家の啓蒙活動と空き家改修カフェを回遊することで、街の観光拠点や富士見町のちょっとした場所を含めて繋ぎ直すというもの。大規模な町づくりではなく、空き家を活用したネットワークを作っていく実験をさせてもらえたという、このような地方公共団体とのイベント企画も今後も注目したい。(詳細:https://ap-lab.net/?p=425)
また、ここを地域内だけでなく、内外含めたいろいろな人々の交流を作りたいと考えていたそうだ。今までの仕事から、食(酒蔵やワイナリー等)、文化(アート・デザイン・建築)、地域(ここのローカルやどこかのローカルもしくはローカルとローカルの価値を交換する)、教育(全ては何の為にしているのか→未来をよくする為=子どもの教育)の4つの柱を立てて、その掛け合わせでイベントを企画し実施している。
その中の教育関連イベントが、「子ども向けのワークショップ:STEAM*×建築ワークショップ」(今年の2月に第3回「ケンチクとカタチ」を開催)。建築を教えるのではなく、建築的な解釈で僕たちが生きている空間を分解し、身近にある世界の見方を学んでもらうのが狙い。今回は地元以外の地域から年齢も様々な子どもたちが集まり、カタチと力学の関係を学んだ。(WSの詳細:https://note.com/nobukoakashi/n/n1a162020d272)学んだことは家に帰っても展開でき、子どもが親にも教えられる。そんな視点を学ぶことで、街を歩いた時に見る景色も変わる。これは建築教育を受けた人たちが持ち合わせた眼鏡なのだけど、子どもの頃からこれを持ってもらうことで、世の中に対する関わり方を進化させていくことが目標。今後もSTEAM教育を展開し、大人でも楽しめる構成をさらに充実させていくそうなので、今後のワークショップが楽しみだ。
子ども向けのワークショップ:STEAM*×建築ワークショップ」第3回「ケンチクとカタチ」の様子。
昨年5月にFUJIMI LOUNGEを始めて様々なことを試行錯誤しながら進まれている菅原さん。そこで今大事にしている目標は、「理論に終わらず、ソフトに甘えないこと」。スタッフとも共有されており、最終的にはちゃんと建築家として形に返していく、いかに建築の問題にフィードバックできるのかということをこれからもブレずにやっていきたいとのこと。
ご自身の事務所を地域拠点と交通拠点として運営・実験されていることは、今までの経験からたどり着くべき流れだったのではないかとお話を伺って強く感じた。丁寧に人と地域との関係をしっかりと築かれている、菅原さんの今後の活動にますます目が離せなくなりそうだ。
[ 東京都調布市、2019年 ] 鉄筋コンクリート造 地上3階地下1階/敷地面積:64.22㎡/建築面積:31.27㎡/延床面積:110.61㎡
*STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(ものづくり)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字を組み合わせた造語で、これら5つの領域を重視する教育方針。
産業革命以降、成長一辺倒だった人類社会は、人口減少と高齢化、災害や疫病などによって、大転換を迫られています。つまり現在は、人類の器である都市や建築が大きく変化する時代といえます。
私たちSUGAWARADAISUKE建築事務所は、この世界の体験と価値観を建築が社会に実装すると考え、広域な地域、教育・商業施設、住宅、グラフィック、企業ブランディングなど、様々な分野を横断して設計してきました。今回ご紹介頂いた自社運営のFUJIMI LOUNGEは、このデザイン領域をソフト開発まで広げるきっかけとなりました。かつて、日建設計の林昌二は「その社会が建築をつくる」といって、成長経済に反応した巨大建築つくりました。そこで、これからの低成長社会の新しい建築を創るために、社会を深く理解する地域拠点の運営をはじめました。FUJIMI LOUNGEは、ヒトの集い方と留まり方の新しいカタチをデザインする民間運営の公共空間であると当時に、歩行とシェアサイクルとバスの交通拠点を兼ねた、新しい賑わいと回遊性を広域につくるmicro public networkの実験場です。
古今東西、建築家の職能は、カタチやソフトの両方を理解して人類の器をつくってきました。社会構造の変化、疫病や災害によって、人々の関係性は大きく変化しています。私たちは、地域・交通拠点の運営でこれをつぶさに感じながら、「ソフトに甘えず、理論に終わらない」、地域と建築空間の新しいカタチを設計し続けたいと思っています。
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