KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

studio velocity|愛知県岡崎市|人と人が関係性をつくる余白(1/2)

文・写真(明記以外):柴田直美

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若手建築家として独立するために

愛知県岡崎市を拠点に活動するstudio velocityは2006年、岡崎市出身の岩月美穂さんと埼玉県出身の栗原健太郎さんが設立した建築設計事務所である。2人はともに20代の時に自身の事務所を立ち上げ、独立した年にはSDレビュー、翌年には日本建築家協会優秀建築選に入選するなど、着実に建築家としてのキャリアを築いてきている。

岡崎市は古くから南北の矢作川の舟運と東西の旧東海道が交わる水陸交通の要衝として、また江戸時代には徳川家康生誕の地として城下町が栄えた。現在は、名古屋市、豊田市に次いで、愛知県第3位の人口をもつ都市である。建具職人だった祖父の代から岡崎に住んでいた岩月さんは、岡崎の自然や住んでいる人が街に愛着を持っていることなどから、いつかは岡崎に戻りたいと思っていたそうだが、東京から移動して、品川区と同じくらいの人口である岡崎で活動することに不安はなかったのだろうか。

「東京で独立することも考えましたが、自分たちがどんなプロジェクトから始められるのだろうかと考えた時に、土地を購入し家を建てたという人が周りにいなかったので、住居や店舗のリノベーションなどになるだろうと思いました。ただ、勤めていた石上純也建築設計事務所では住宅のプロジェクトというよりも、大学や海外のインスタレーションなどを実際にやっていたのですが、自分たちがそのような物件を依頼されることは想像出来ず、東京で仕事をしてゆくイメージができなかったのです。」と栗原さんは言う。岩月さんの親戚が使っていない空き家があり、そこを事務所兼住居とすれば、仕事に集中できることと、東海エリアは東京などに比べて、家を建てる世帯が多いことなどから、岡崎を拠点とした。「独立して間もない建築家にとっては家と仕事があるところへ行くというのは自然な選択でしたが、情報が集積している東京から離れるということがどういうことか、なんとなく分かっていたので、作品が完成したらメディアの方に見てもらうようにしなくてはと思っていました。」と2人は当時を振り返る。そして独立から13年、2018年にstudio velocityのオフィス「山王のオフィス」が完成した。そこには彼らが考える建築家像や建築のあり方についての考えが詰まっていた。

「山王のオフィス」の屋上住宅の間にかけられたテントのようにおおらかな曲線を描く「山王のオフィス」の屋上。
(撮影:studio velocity)

 

設計手法と事務所の大きさ

通りに面したガラスのファサードからは所内に大きな模型が並んでいるのがよく見える。独立当初から、大きな模型を作って検討すると言う設計方法を採っていて、スタッフが入れ替わってもアイディアを共有するためにスタディ模型も残しておきたいとなると、模型の置き場所は大きな問題だったと言う。以前の事務所では天井から板を吊って、そこに模型を置いていたので、背が高い人はその下に立つことができず、別棟に作った打ち合わせ室も、まもなく模型で埋め尽くされてしまった。「打ち合わせのたびに模型を取り出してきて並べるのではなく、模型が置いてあるところへ行くとすぐにそのプロジェクトの打ち合わせができる状況を作りたいと思いました。」と岩月さんが言うように、今のように大きな模型を作る設計方法を続けるのであれば、事務所の平面積が必要であった。

さらに「大きなワンルームで作業していれば、周りの同僚が広げている図面や模型やホワイトボードのメモなどから何をしているのかが分かるので、それを見た担当以外のスタッフと偶発的に会話が始まるといいな。」と栗原さんは期待する。

住宅に囲まれている圧迫感を感じさせない1階はところどころに中庭があり、視線が抜けるので、住宅に囲まれている圧迫感を感じさせない。また、見通せるけれども奥までいかないと、その空間を把握できない。(撮影:studio velocity)

 

周辺環境から導き出す屋根の形状

「1階は周囲の住宅が敷地境界のギリギリまで建て込んでいて、開口があまり取れない状況だったので、2階に空地を作りました。」と栗原さんが言うように、階段を上がると目の前に勾配がついた平面が広がる。ところ狭しとモノが溢れる建築事務所然とした1階の情報量からスパッと切り離されたような2階が対照的である。「屋根面がフラットだと、他の家の2階に囲まれてしまった感じがするし、縁に手すりをつけないとならなくなる。」と考えた2人は、周囲の家からの視線が和らぐように緩やかなカーブで囲み、手すりの高さまで上げつつも、隣家の窓の眺望や採光を邪魔しない屋根の曲面を導き出した。屋根の端点は眺望がいいポイントに作られ、隣家のカラフルな屋根やすぐ近くの明願寺の森が見える。屋上の端々まで歩き回った後に高低差が2mあると聞いて驚いたほど、勾配を感じない。「子どもは慣れると駆け回っています。子どもが帰りたくないと泣くほど楽しい建築ができました。」と2人は顔をほころばせる。

屋根伏図屋根伏図(図版提供:studio velocity)

 

梯子がかかっている2階の建物の上にもさらに上がれるように梯子がかかっている。(撮影:studio velocity)

 

新しい事務所を介した人間関係や学び

「山王のオフィス」は、2階に20人ほど入れる空間を確保できているので、スタッフとの懇親会、建築家や学生との読書会や忘年会を開催しているそう。「オープンハウスの時に来た人がなかなか帰らないくらい居心地が良かったのだと思います。深夜2時ごろまで話し込んでいたほどです。夜も月が見えるのが良いです。また、茶会を開いて人を招くことなどと、いろいろな使い方を考えています。」と栗原さんがいうように、「山王のオフィス」は単に設計作業のスペースというよりも人々があつまるサロンのようなイメージが近いかもしれない。また、事務所の前の道は通学路で、子どもが通っていく。「子どもたちに建築家という仕事に興味を持ってもらえるといいな。将来的には子ども学校みたいなものもやりたいなと思っています。」と岩月さんはいい「この事務所を作ったことで生まれるいろいろな出来事を通して、次の建築に活かしていきたいと思っています。」と続ける。通常、完成した住宅を引き渡した後にどう使われているのかわからないことが多いが、岡崎の近隣に作品を手がけることが多い2人は、その後にどう使われているのかを体験することが難しくないのも岡崎を拠点とする利点だそう。

屋根伏図2階にはキッチンがついていて、ゆっくりくつろぐことができる。建築勉強会で賑わう2階の様子。(撮影:studio velocity)

 

機能を超えた、気持ちを伴う快適さ

「用途や機能、働き方は年を経て変わっていくものだと思っています。オフィスも家族も変化していくので、機能を追い求めるとある時点にのみの最適解になってしまいます。」と栗原さん、「機能で埋め尽くさず、人と人が関係性を作れる余白を残したいと思っています。それが建築にとっては一番重要なのではないかなと実感しています。」と岩月さんはいう。ではそれをどう実現するか。栗原さんは「物理的な面積が大きいこの事務所とは違って、住宅のような小さい建築の場合は、外部との関係性から壁で閉じられていることが多いですが、自然光を入れるなど、面積を超えた広がりや豊かさ、快適性を作り出したいと思っています。今までは内と外の関係性は、箱のサーフェイスと外のスケールで考えてきましたが、今は軒を出していくなど、グラデーションの幅で繋ぐことに挑戦しています。日本建築が昔からやってきたことですが、自分たちなりに追体験している最中です。」と説明する。

社会や人の暮らしをつくりだす職能を持つ建築家として、責任を持って彼らなりの「暮らし」を体現しようとしていると感じた。2人の背中を見て学んでいる学生たちや若手建築家たちにとっては頼もしい建築家像に違いにないだろう。

屋上から夜空を見上げる、読書会に集まった人々屋上から夜空を見上げる、読書会に集まった人々(撮影:studio velocity)

 

studio velocity

岩月美穂さん

岩月美穂さん

栗原健太郎さん

栗原健太郎さん

studio velocityからのメッセージ

2019年の年明けから山王のオフィスへ引っ越しをしました。この事務所ができてから、たくさんの出来事が起こっています。Open houseは3日間開きましたが、東京や沖縄から建築を学ぶ学生さんが来てくれたり、大学の先生や久しぶりに会う友人と話ができたり、近所の方も通りがかりに模型を見てくれたり、同年代の建築仲間と夜まで語り合ったりしました。以前の事務所は10坪あるかどうかでした。山王のオフィスは室内だけで、それの6倍はあり、屋上部分を含むと12倍ほど広さが違うんですよね。環境が変わると自然に、出来ることやそこで起きることが変わってくるんですよね。大きな模型を同時進行で作れることや多くのスタディ模型を比較検討するスペースが十分にあることもその一つです。このオフィスは機能だけで満たされないように、2階に人を招くスペースを計画しました。屋上のルーフスケープを見ながら建築やアートなどの話をゆっくりと楽しめる場所になるといいなと考えていたのです。

そのような可能性は現実のものになっています。お話したいと思っていた建築家の方が、ちょうど近くで現場があるので、その帰りに行きたいと連絡があり、何人かのお友達と一緒に来ていただいたり、鹿児島から、建築を巡るツアーの一つにしたいなどの依頼がきたりしています。この建築のおかげでまだまだ、たくさんの人に会えるのではないかと、心弾みます。さまざまな出来事を実際に体験しながら、また新しい建築に繋げていきたいと考えています。