建築家の荒木源希さんに初めてお会いしたのは数年前のこと。とにかく現場に通っている印象だった。そして自身も作業をしている。決してセルフビルドで建築を手がけているわけではなく、当時も集合住宅の計画を進めていた。どういうことなのか荒木さんに聞くと、敷地の土中環境を整えて、本来の水や空気の流れを促す作業をしているとのことだった。なぜそこに興味をもったのかが気になり話を聞くと、その背景には、建築家として歩み始めたばかりの頃の経験があるという。
設計事務所に就職して間もない頃、5階建てのRC造を建てるために30mもある杭を20本ほど打ち込む現場に立ち会ったそうだ。この杭は一度埋め込まれたらもう2度と出てこない。その時に、建築家とはそういう仕事なのだという感覚を強く覚えたという。そうして人間が、建築が、自然に及ぼす影響について身をもって感じた経験が、建築と自然との関係を考えるきっかけとなり心に刻まれていると聞いて、腑に落ちた。
建築と自然の関係は、建築家に共通するテーマと言えるが、自然の定義やその距離感も多様である。荒木さんにとって、それはどのようなものなのか。最新プロジェクトを中心に話を聞いた。
荒木さんがともにアラキ+ササキアーキテクツを主宰する佐々木高之さん、佐々木珠穂さんは大学時代の同級生である。卒業後、それぞれが勤めていた設計事務所からほぼ同じタイミングで独立し、まだ仕事があまりなかった頃から家具をつくる仕事で協働したり、コンペに参加したりとなんとなく一緒に働くようになっていった。そんな3人は、仕事を受ける窓口としてホームページをつくるタイミングで、一緒に事務所を立ち上げた。
3人で始める意味を考え、自分たちの特徴を生かした3つの設計方法論を打ち立てた。「状況から発見する(Discover from the situation)」「手で思考する(“Hands-on” approach)」「根拠ある判断を積み重ねる(Develop solid decisions)」である。「幼少期から工作が好きで、大学の課題も木工的な制作に落とし込んだり、同級生とイベントを企画しては什器や会場をつくったりしていた」という荒木さんと、イーストロンドン大学大学院で「頭で考えたこと(垂直思考)」と「手で考えたこと(水平思考)」を融合させて、ひとつの形ある建築をつくる「Hands-on」というコンセプトのもと学んだ佐々木夫妻にとって、「手で思考する(“Hands-on” approach)」設計手法は彼らを特徴づけるものでもある。
そんな「手で思考する」ことのひとつに、事務所内に設えた工房がある。
事務所を始めた初期の頃は、インテリアや小さな店舗など、設計から施工まで工事契約をしてすべて請け負っていたが、当然設計にかけられる時間が限られてしまう。そこで自分たちでできる範囲に限って作業を続けることにした。
事務所は1、2階に市場や店舗などが入る集合住宅の一角にあり、室内のデスクスペースと同じ空間の中に、間仕切りを介して工房を設えている。
工具には丸鋸や昇降盤、ボール盤などがあり、木工、金属加工が可能である。これまでに階段、手摺り、ガラス固定金物などのモックアップをつくってきた。家具も製作する。設計スタッフが自主的にモックアップをつくって詳細検討をするようになり、設計精度も上がっているという。
「スタッフには金属加工ができる人がいたり、製作をメインとする人がいたりもします」とのことで、スタッフも得意分野を生かして設計と制作の比重を調整する働き方が可能なようだ。
事務所内にある工房。木工と金属の加工が可能である。 提供:アラキ+ササキアーキテクツ
荒木さんが主導するプロジェクト「モクタンカン」で用いる丸棒も、工房で加工している。
モクタンカンとは、仮設足場の資材として普及している「単管システム」を利用し、金属パイプを木の丸棒へと置き換えたものづくりのシステムである。事務所内でブランド化し、丸棒とそれを組み合わせるクランプをパーツで販売していて、要望に応じてクライアントにアドバイスしたり、設計、設営を請け負ったりもしている。設計事務所が運営しているからこその強みである。材の寸法は単管システムの規格を踏襲しているため、既存の豊富な金物パーツはそのまま利用可能であり、汎用性も高い。また木は鉄の1/3の重量であるため、持ち運びやすく、より手軽に家具をつくったり、展示スペースをつくることができる。素材が木になって、架構そのものを見せるような使い方もよりしやすくなった。
「最初のきっかけは、グラフィックデザイナーであるお施主さんから団地の改修を依頼されたことでした。インテリアを単管でつくってほしいという要望だったのです」。
ただ、金属パイプの質感はワークスペースには合っていても、リビングなど生活の場では硬すぎてしまう。そこで金属パイプを木の丸棒に差し替えることを思いつき、後の製品化へ至った。
丸棒は北海道下川町産のトドマツから削り出していて、48φと30φのふたつの径がある。48φの長さは3,600程度で、好きな長さにカットして使用することができる。素材を北海道下川町産のトドマツに指定しているのは、循環型森林経営という、木を植えて育て、伐採してまた植える、という持続可能な森づくりを続けている下川町への共感があるから。
「商品は基本的に買取ですが、店舗のポップアップや展示など仮設として利用されることが多く、引き取り依頼もあります。環境的な視点からも、今後はレンタルでリサイクルする仕組みづくりを考えたいですね」。
リサイクルが可能となれば、より利便性も向上し、より幅広い人々が木を使うものづくりに関わることができる。ものづくりを身近に引き寄せることで、森林の循環にも寄与する取り組みになっているのだ。
「モクタンカン」の基本パーツ。クランプは希望する塗装色やメッキ種類にすることができる。 提供:アラキ+ササキアーキテクツ
国立博物館平成館にて開催された伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」(2021年)の特設カフェ「梵字カフェ」。専用の什器をモクタンカンで制作した。 提供:アラキ+ササキアーキテクツ
西新宿スマートシティ協議会の「ソトウェルパーク実証企画」屋外オフィススペースの計画。
提供:株式会社コトブキ
簡易に組み立てられ、自然素材を用いるモクタンカンは、神社との相性もよいようだ。
横浜市保土ヶ谷区の丘の上にある「星川杉山神社」もモクタンカンのユーザーで、おみくじ掛けの棒と架構として利用している。それがきっかけとなり、おみくじやお守りを販売する台とパーティションの制作依頼があり、賽銭箱の屋根もモクタンカンで手がけた。
その後、モクタンカンが繋いだ縁は、庫裡の部分改修(2022年)と参集殿の増築依頼へとつながり、それを機に、耐震面や機能、法規などさまざまな面から境内全体の整備をまかされることとなった。現在は本殿・拝殿の耐震改修を終え、これから仮授与所の新築、参集殿の増築・改修、渡り廊下の改築を予定しているという(2026〜27年竣工予定)。
本殿の改修では、さまざまな時代に手が加えられ、さまざまなプロポーションが入り混じった建具の格子寸法を統一し、金物は無垢の真鍮で制作した。100年の時を経た建物と新しい檜の建具をつなぐ部材として、古い部材に負荷をかけずに美しく年月を経ていくことへの願いが込められている。
「神社には神楽殿という舞を奉納するためのお堂がよく建っていますが、それを新しく建てるのではなくて、本殿と参集殿の間の廊下を広くして舞を披露するスペースにしていこうと考えています」。
現状では室内である渡り廊下を外部化し、地面から持ち上げる計画だ。環境的な観点からも廊下の上下に風が通り、地面に水が流れるような計画とし、建築にとっても土地にとってもよい状態に戻していくことを考えているという。
「自分が関わる建築は、建つ過程から使っていく過程にもできるだけ長く関わりたい」と荒木さんは言うが、建築そのものも長く使われるように、敷地の土壌から空気までもが健全なものとなるように、全体をチューニングしていくような行為が活動の根底を支えているのだと感じた。
星川杉山神社計画で耐震改修した本殿。賽銭箱の屋根をモクタンカンで手がけている。 ©kohei soeda
自然素材を積極的に用い、施工にも関わったプロジェクトに「網代の家」(2014年)がある。
「壁の裏側がどうなっているのか知っていたい。できるところは自分たちでつくりたい」というお施主さんの要望もあり、身近な素材を建築に生かす仕組みを考え、施工にお施主さんと共に積極的に取り組んだ。敷地探しから一緒に始めて、外壁に張る木材はお施主さんの親戚の山から切り出したものを製材して自分たちで張り、薪ストーブ周りに積むレンガは敷地から出る残土とモルタルを混ぜて日干しレンガをつくった。また、壁の中に入れる断熱材には籾殻に石灰を少し混ぜたものを用いて、内部を点検・入れ替えができるようなつくりとした。
「お施主さんとは仲良くなったので今も遊びに行きます。10年が経ち、籾殻が圧縮されて上部に隙間ができている可能性があり、足した方がよいかもしれません。薪ストーブだけで生活していますが、室温が10度以下になることはないそうです。籾殻断熱も効果があるようですね」。
自然素材を実験的に使うことにはリスクが伴うが、竣工後も長くかかわっていければその結果を確認し、修正していくこともできる。そうして籾殻断熱を実現するための仕組みのデザインや、木材を切り出してから外壁として張るまでの流れのデザインと、「網代の家」では物の循環するルートを考え、人の動きや施工方法を導くことに設計の比重が置かれていた。それは一般的な意匠の設計とは異なるが、荒木さんにとっての設計の本質はそこにあるのかもしれない。
「網代の家」。左上から時計回りに、お施主さんの親戚の山から切り出し、製材された木材をお施主さん自ら加工している様子/自主施工で外壁を張っているところ。施主施工可能な高さを考慮し、上部は職人さんが塗装で仕上げた/完成後の外観/残土とモルタルの配合を変えながらつくった日干しレンガのサンプル。 提供:アラキ+ササキアーキテクツ
深く土地と向き合う改修に、「三河屋本店プロジェクト」(2026年)がある。
鎌倉駅近くの鶴岡八幡宮へ至る若宮大路沿いに建つ、酒屋と住居をレストランに改修するプロジェクトである。敷地には、道路沿いに建つ母屋とその奥に蔵があり、いずれも鎌倉市の重要景観建築物と国の登録有形文化財に登録されている。外観を残すことは決まっているが、自由度の高い内部もできるだけ既存の部材や間取りを残して、新たな機能を入れることに挑戦した。
建物の図面は残っていないので、伝統建築を専門とするに設計者と一緒に実測して建物の図面作りからスタートしたという。内装は手ばらし解体で、補強を入れて、防火対策をしてから、また戻していく。復原を中心とした改修であるが、既存建物の素材が力強く、味わい深いものであるため、追加する物の素材と質感にはこだわった。
レストランの一部として使用される蔵には内装にガラスを用いるが、そのガラスには手仕事のムラのような質感をもったものをガラスメーカーに依頼し、ガラスを支える鉄のフレームは黒錆転換させて既存の建築に馴染ませて仕上げることを提案した。
「素材の中から自然に出てきた表情を新しく取り入れる素材にもたせたら、既存の素材や空間に負けずに共存できると考えました」。
ほかにも、隙間のような地面に縦穴を掘って、炭や草木などの有機物をいれて水が浸透するように土中環境を整えるなど、ここでも建物から敷地まで全体が長生きするようにチューニングすることに取り組んでいる。
東側外観。既存の意匠を保ったまま、防火対策を施している。左下、既存の冷蔵庫と玄関が酒屋としての機能を受け継ぐ。 ©山内紀人
客室。既存の空間に寄り添うように補強された鉄骨柱が入り混じる。 ©山内紀人
蔵内部の客席。既存を生かして、腐食した土壁は竹小舞からつくり直し、柱梁は交換したうえで、鉄骨フレームで補強している。正面の壁面には照明効果を生かしたガラス壁を追加。 ©山内紀人
こうして荒木さんのお話を伺っていると、設計時に明快なコンセプトを打ち立て、そこに向かっていくのではなく、お施主さんとの対話の中での気づきや土地と向き合うなかでの問題意識から建築を実現していく姿が見えてくる。
「人間としての動物的な感覚を頼りに進んだ先に、何か答えがあればよいなと思います」という通り、自然や土地の環境を読み込み、建築をそれらと擦り合わせ、寄り添うように建築の輪郭をつくりあげていく。モクタンカンによる森林を含んだ循環システムも、籾殻断熱や残土からレンガをつくる過程のデザインも、敷地の土中環境を整えることも、荒木さんにとっては等価に重要な設計行為なのである。
そうして五感を働かせ、手を動かしながら設計して立ち上げた建築には、設定した目標をクリアするのとはまた違った、人が本能的に心地よいと感じる普遍的な要素が詰まっているのだと感じた。
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