「そもそも建築は何のために建てられるのかというところに一番興味があり、何故それはあんまり語られないんだろうと感じています。建築は単独の歴史ではなく、人がいてようやく成立します。私は建てられた事後にどういう社会的な状況がそこで起こるのかをメイン・コンセプトにして建築を作りたいです。」今回の取材で心に響いた一文だ。ではどのように作品を作っていくのかを、作品とともに建築観、作り方や仕組み、関わる人たち等にスポットを当てて解きほぐしていけたらと思う。
ご紹介するのは、建築デザインスタジオのALTEMY(アルテミー)代表の津川恵理さん。早稲田大学大学院卒業後、組織設計事務所、2018〜2019年に文化庁新進芸術家海外研修員としてニューヨークの DILLER SCOFIDIO + RENFRO(以下、DS+R)での勤務を経て、2019年にALTEMYを設立。2024年に完成した『まちの幼稚園 南青山』*1 、同年3月に最優秀賞を受賞した『SHIBUYA PARK AVE. 2040 DESIGN COMPETITION』*2 、今年3月16日(日)まで京都のHOSOO GALLERYで開催された『庭と織物――The Shades of Shadows』*3 等は記憶に新しいプロジェクトである。
津川さんは小学生の頃にテレビで見たダンサーの自己表現や、内面性を他者に伝える踊りに惹かれ、パフォーマンスの道に行きたかったそうだ。「建築を学ぶ中で、自分の好きなこと(のめり込んでいたパフォーマンス)を建築の世界に持ち込めばあの熱量を建築にも見出せるのではないかと考えていました。修士設計でイッセイミヤケの服からインスピレーションを受け、建築とパフォーマンスを合わせた身体的で屋根のないランドスケープのような公園を設計しました。これが自分の建築家としての起点にもなり、ここから繋がっているんです。ニューヨークのDS+Rに行ったのは、身体を通して何か表現している建築家のロールモデルだったから。彼らはパフォーミングアーツの舞台美術、ファッション、生肉ドレスやバッドプレスというアイロンのかけ方だけの作品を作っていたり、建築に囚われていない分、全てのプロジェクトに対して何か思想を持っており、社会に対してそれがたまたま建築だったら建築になるみたいな、作るもの全てに共感したんです。」と津川さん。DS+Rでプロジェクトのアプローチや進め方等修業を積んでいき、地元である神戸の『サンキタ広場の再整備』*4 のコンペに応募したところ、最優秀賞に選定され帰国を決めて独立した。
ALTEMYの事務所は服飾系の生産・卸売・教育等が集まるクリエイターを支援するスペースの一角にあり、メンバーは代表で建築・環境デザイン担当の津川さん、デジタルデザイナーで京都工芸繊維大学特任研究員の戸村陽さん、デザインリサーチを専門とする小西隆仁さん、都市の歴史を専門とする丁周磨さんの4人の専門家で構成されている。
全てのプロジェクトのアイディアをまず津川さんが出していき、それに対してメンバーからの疑問や意見の嵐と戦いながら、各メンバーの持ち味を出して一つの方向に向かって作品を作り上げていく。「予想のしないところに変わっていったり、多様に意見が出てくる方が面白さを感じます。だからといって何になってもいいわけでもなく、ALTEMYとして一貫した軸を握ってることが大切です。そこまでいくと公共に受け入れられないとか、線引き等やっていて、そこには自負があるんです。」と話す津川さんだが、事務所はある打合せで訪れた際に今の場所が気に入り、自らアプローチしてたまたま入居できたり、メンバーも実は津川さんが全員スカウトしたそうで、彼女ならではの直感がいろんな場面で働いているようだ。
ALTEMYはパフォーミングアーツ、展覧会等の会場構成、保育園等様々なプロジェクトを手がけているが、公共空間に関わるものも多い。DS+R在籍中にはDS+Rの代表作のハイラインの上で、『The Mile-Long Opera』というプロジェクトに携わった。1,000人のパフォーマーが出演した演劇を無料で一週間ニューヨーカーに公開したプロジェクトの演出等を担当していた。また、自身でゲリラ的に仕掛けたニューヨークの歩行空間の都市実験、帰国後に神戸で150mに渡り仕掛けた歩行空間の都市実験では、鏡面貼りの風船を歩道空間に浮かせ、人が触れたり、風で予測不可能な動きをする時に歩行者に起きる百人百様の行動パターンを引き出す試みを行った。意図して建築に関わらせるのではなく、自然に人が建築に関与し、人々の振る舞いをいかに自由にできるのかを模索している。神戸での実験は神戸新聞やwebニュースに取り上げられたこともあり、人が集まりすぎてしまい、本来目指していた都市実験と意味が変わってしまったそうだが、彼らの活動を見ていると、津川さんのニューヨークでの経験が、ALTEMYのこれまでと今後の活動に影響していると感じる。
2024年の兵庫県産のヒノキを活用してパブリック・ファニチャーを作った神戸市西神中央の駅前広場プロジェクトでは、プロのダンサーと一般市民が交わる「日常のインタープレイ」というタイトルの演劇を仕掛けた。
神戸市西神中央の駅前広場。兵庫県産のヒノキを活用したパブリック・ファニチャー。利用者が思い思いに過ごしている/写真:田中みずき
「『インタープレイ』はジャズ用語で即興のセッションというような意味があり、演者が一般市民の中にいて、有機的な小さい建築をきっかけにいろんな振る舞いを見せ始めると、刺激を受けた一般の方がこのように座ってみよう、こんなふうに動いてみようという相互関係が生まれたんです。建築と利用者によって作られる新しい風景が、両者がいて初めて成立する空間原理のようなものを追い求められたのだと思います。なぜかというと私は建築が動かないことが魅力だと思っていて、動かない建築でいかに動的な状況を促進させれるかを模索し、動かせない家具や構造的に動かないがゆえに時代の中で残っていく状態を目指したい。参考事例として最近日本庭園を出しているのですが、日本庭園も石組は動かないけれど、草木は四季折々枯れたり、芽生えたり枝が伸びていくことを許容します。動的に動くことを空間原理として占めるために石組が存在し、動かない不動のものと動的なものが共存して空間的な美学が成立している。それは西洋庭園と違う日本人ならではの美学であり、日本庭園は建築よりも長く歴史的に残っていたりもします。建築は竣工してからがスタートのはずなのに、そこで完成し、閉じ込め、完結してしまうその空虚さに対しては、唯一建築を好きになれない部分でした。」
今年の3月16日まで京都のHOSOO GALLERYで開催された展示で、日本庭園をテーマにした織物を3年かけて開発・研究して製作されたのだが、日本庭園的な思考がここでもこれから紹介する作品にも現れている。そしてALTEMYが目指す建築を将来存分体験できるであろう作品が、次に紹介する『渋谷公園通りデザインビジョン 触れる都市のマチエール』だ。
これは、2024年に渋谷区の神南・宇田川エリア内の地域資源を活かしながら、2040年の世界都市・東京を代表するメインストリートの「公園通り」とその周辺エリアのデザインを提案するデザインコンペ『SHIBUYA PARK AVE. 2040 DESIGN COMPETITION』*2 で、ALTEMYが最優秀賞に選定されたプロジェクト。彼らの案は、渋谷モディから渋谷パルコを通り代々木公園の入口まで「マチエール」という美術用語をテーマに、都市の質感のようなものをどのように都市空間に埋めるかをコンセプトに掲げたものだ。コロナを経てインターネットやスマートフォンでほぼ完結してしまう今、文化的な側面や消費や資本に捉えられないまちの価値(ヨーロッパのように広場でピアノを弾いたり、パフォーマンスが始まったり、他者がいることの豊かさみたいなもの)を都市空間に打ち出していかないと、目的がある人たち以外はわざわざまちに出ていかない。動的なものを扱うのはその場所が飽きないように、 今日、来週、1ヶ月後、いつ来ても全く違う状況をどうやって作れるかをALTEMYは提示している。
ALTEMYが最優秀賞に選定された「SHIBUYA PARK AVE. 2040 DESIGN COMPETITION」の案。道路空間につけた凹凸によって、階段で生まれる歩道や人が留まれる場が現れる。土の自然由来の素材を使った歩道は、都会のオアシス的な役割もできそうだ/ⒸALTEMY
「 道路空間は究極の公共空間で、ヨーロッパでは広場で祭りをすることが多く、日本は道路で祭りをしますが、歴史の中で学生運動やデモなど規制するために道路に対して管理が厳しくなり、日本全国から法的に広場と呼べる場所がなくなってしまいました。三宮の『サンキタ広場 』*5 も名前は広場だけど、法規上は道路なので何かしようとすると全てに許可が必要です。現在は国交省が「シェアドスペース」という歩車道一帯の整備を促進していて、歩道の幅員を広げることを行っています。段差がなく歩道と車道を一体に使うものですが、ただ面積だけが広がっても人がそこで何をするのか考えなければいけません。「ウォーカブル」も最近はよく耳にしますが、2040年はさすがに「ウォーカブル」ではないだろうから、まずは人中心の都市空間の中でも居心地のいい場所を作ろうと、私たちが掲げたのは「stay-able(ステイエーブル)」という、滞在可能な道路空間を提示することで、16年かけて今から未来を提示し続けようと思っています。
今の道路はその場に留まり続けようとすると許可が必要で、例えばキッチンカーのように車輪がついていて、そこにワゴンを取り付けて対応すると許可はいりませんが、その場所に留まろうとすると許可がいります。その道路空間にあえて凹凸をつけることを提案しました。幅員の真ん中を通る道路の両脇に、少し下がったレベル差の場所をつくり、人が座れて留まれる、シアターの語源になっている「テアトロン」と命名した場所を設ける。真ん中が少し高くなって交通の場所になったり、両脇の下がった所はスロープや、ちょっとした階段でつないでその間に植栽を入れていく計画です。そこでパフォーマーが表現をしたり、フードトラックが出ていたり、ちょっとしたデモが起こったりと、市民の民主的な表現の活動が都市空間に溢れていくことを目指しています。
また、渋谷パルコと対面する場所が再開発にかかってしまうのですが、その場所の公開空地と一体になった大きな広場を真ん中つくり、渋谷区はナイトエコノミーという夜間経済を考えているので、そこに貢献できるような夜の光景が生まれる風景をイメージして、道路の夜間景観もデザインしています。また、実際に道路空間に触れたら面白いのではないかと考えており、例えば裏のプチ公園通りの車交通を完全に止めると、人が歩くだけの道になるので、アスファルトじゃなくて自然素材の真砂土舗装などでも良いかな、とか。真夏は輻射熱でとても暑いので、土の自然由来の素材を使った舗装を作り輻射熱を抑えつつ、道路自体が立ち上がってベンチや植栽マスになり、直接触れて質感を感じられる都市空間になるかな、とか。道路脇の下がったところにポケットパークがある等、裏通りと連続させることで街路ネットワークを作り、人の営みが道路に溢れてくるきっかけを建築的操作でどう作れるかを考え、道路のデザインも手がけています。『社会を熱狂させたい』という欲望がこのプロジェクトには出ていますが、熱狂させるとクールダウンも早いので、あくまでもささやかな熱狂が生まれる場所にできればと思っています。」ALTEMYが目指す建築が見えてきた。
本冒頭の発言には実は続きがある。「これは日本庭園の庭師と同じ考え方で、庭師も動的なものを庭師の身体性を持って作ります。私は幼少期からパフォーマンスをしていたので、身体に対して敏感です。こういう建築操作を行えば、人がその上でこのような振舞いをするかもしれない、このような居方が生まれるかもしれない、など、私自身の身体性を以って建築設計を行っています。それを他者と共有することが難しい現状もあるのですが。ただ実際作るものが全て設計者の予想を超えていて。人が想像以上に野生的に、直感的に、多様に振舞っている光景に出くわすことが多いため、何かそういうところに一番アプローチをしたいです。」ちなみに2024年のTokyo Midtown DESIGN TOUCHで出展したインスタレーション『都市の共動態』では、予想外に子どもたちが登ったり座ったり全身で遊びまくり、それこそ熱狂する場になり大成功だったが、結果的には想像を遥かに超える状況になってしまったそうだ。
これまでの作品、次頁で紹介する近作を含めて、ALTEMYは庭師と同様に、春夏秋冬、変わりゆくあらゆるシーンを想像して建築を考え、静的な建築がきっかけとなり動的な人の振る舞いや自発的に何かが生まれる場所を作り続けている。それは、ただ利用者などが建物を自由な解釈で使い、楽しむだけでなく、自然に関わらせたり、感性が養われたり、他者との違いも感じられる場になっているのが特徴だ。また、津川さんならではの感覚や感性と合わさる専門家チームだからこそ手がけられる、例えばこの渋谷のプロジェクトでは渋谷の歴史・文脈も紐解き作品に落とし込み、京都のHOSOO GALLERYの展覧会ではデジタル技術を駆使し開発してきた事でハイコンテクストなプロジェクトにもチャレンジできるのではないだろうか。チームをはじめ関わる人達、建てる建築や場の可能性を信じて様々な作品が生まれていくこと、そして環境も社会状況も変わっていく2040年の渋谷のプロジェクトは、時代を見極めながら作っていく難しい挑戦だが、そこにALTEMYが目指す『社会に対して熱狂させる場』がどう発展して実現するのか追っていきたい。
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