KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

佐伯聡子(KUU/佐伯聡子+タンK.M.)|東京都文京区|中国と東京・谷根千で二極化する仕事とバランス(2/2)

文:久留由樹子

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千島湖ホテル


中国浙江省の千島湖は約60年前の大規模なダム工事で生まれた人工湖であり、その湖底には複数の小さな村が沈んでいる。かつての山の頂上や尾根線は今では無数の島(千の島)や湖岸の形として現れ、特異なランドスケープをつくり出している。
その湖畔に建つこのホテルでは、客室をクラスターとしてまとめリング状に配置した。それらを内側でつなぐ廊下からは湖が垣間見え、歩き回ることで建築の内外の環境を結ぶ。
建築だけでなくランドスケープ、家具、照明、サイン計画、スタッフの制服にいたるまでを設計する機会に恵まれた。それらはスケールの差はあれ、分割したり、組み合わされたりすることでホテルの環境づくりに参加している。すべてが個々では完結せずに、隣の何かへとつながっている。
千島湖という固有の時間と環境の重なり合いの中で、この建築が年月を経ながら孤立せず連続的にあり続けることを望んでいる。

 

 

 

初丘ゲストハウス


中国杭州市郊外のこの場所で一般的な木造兼ブロック造の民家を小規模の宿泊施設へと改修した。人里離れ山にぐるりと囲まれた自然との関係を第一に考えつつ、建築の部分や素材の使い方、光の入り方などの既存の民家がもともと持っていた要素を更新して用いた。
大きく出た軒や空間の奥行きなど、もともとの空間が持っていた深くて暗い部分を新計画でも活かす方向とした。さらに外周には既存の土壁からオフセットさせた内壁をつくり、各個室へのアプローチ部分とした。新たな内壁は自然と部屋の間にもう1枚レイヤーを生み、更なる奥行きが加わった。段階的になった内部と外部が境界を曖昧にし、ここで過ごす人にとって建築が柔らかなものになっている。
またこの圧倒的な自然の中でホテルという非日常空間の環境のあり方を追求することは、都市生活での基準が当たり前になっている現在の住環境の不合理さへの気づきにもつながっている。

 

 

丘季ホテル


「初丘ゲストハウス」のすぐ裏側に計画中の同一オーナーによる新築ホテルのプロジェクトである。竹林に囲まれるこの場所には新しく10個の客室を用意した。それぞれが前庭をもち、そこを経由して各部屋へと入る。それぞれの個室のあり方は外部の環境に呼応して少しずつ異なっている。訪れた客はそれぞれの部屋から前庭を通して周囲の竹林や山を眺めることができる。小規模ホテルでの体験やプログラムそのものを見直すことから考えている。

 

 

ファミリアハウス


東京千駄木といういわゆる下町で近隣とのあり方を考えた住宅。前面道路への引戸での開き方、土間、ファサードの花台、外壁の波板、木製建具などこの界隈で一般的に見られるファミリアなものを単なる懐かしさとしてではなく、普遍的な何かとして更新しつつ取り入れた。
住宅を単純でコンセプチュアルな装置としてではなく、また完成品としてのプロダクトとしてでもなく、日頃から手に馴染んだ道具のようなものの集まりとしてとらえている。壁や天井、建具、窓、といったものが家具や植栽と同様に特定の場所の構成員であるように組み立てた。それらの間を住み手が歩き回り、触れ、使うことで全体として建築が成り立っている。

 

 

やなかなか


東京の谷中銀座商店街中ほどの、築約60年の建築の改修である。昭和から平成と店舗兼住宅として使われていた建物を新しい住人のためにコンバージョンした。
連棟式ではないものの両隣と隙間はなく、個の建築として把握するには難しさもあり、似たような状況の周辺建築とまとめて谷中商店街という名のもとにひとつの場となっている。長い時間多くの人の手によって改修が重ねられてきたことを、壁や天井を剥がしてみると実感できる。
私たちの加える一手がこの現場に新しいレイヤーとして重なる。今後きっと加えられる将来の誰かの別の一手にも思いを馳せつつ、あえて私たちの手の跡が読みやすいように設計した。

 

 

佐伯聡子(KUU/佐伯聡子+タンK.M.)

佐伯聡子(KUU/佐伯聡子+KMタン)

佐伯聡子さんからのメッセージ

建築のグローバル化は相変わらず希望をもった何かのように語られている。経済と欲望によって規模は増大しているが、思考を停止した単なるコピペ産業であることも多い。万国博覧会も今となっては自国のグローバル度を誇示する場となり、本来紹介されるべきローカル性はただの化粧にすぎない。
私たちKUUは日本以外でもプロジェクトに取り組んでいる。時にはグローバルだと評され、ローカルとの二項対立の中で相反することのようにとらえられがちだが、実はそこに境界線はない。
目の前にある状況や条件に対してできる限り率直にアプローチすることに関してはどこでも同じである。所変われば作法も変わる。風土や風俗が異なり、クライアントの嗜好や建築工法もさまざまだ。それらに対して、自分たちの態度をレイヤーとして重ねていく。その態度も時々で変化する。
元レイヤーはまさにローカルであろう。ただ新レイヤーであるわれわれ自身も建築をつくるという思考や作業に関しては個人的でローカルそのものだ。どこの国や場所であっても場と人との偶然と必然のせめぎ合いが結局は建築をつくっていて、ひとつひとつはすべてローカルな行動だととらえている。そんなローカル性こそが建築を面白いものにすると考えるが、同時にそこを突き詰めた時に現れる普遍性が真にグローバルな可能性をもつのかもしれない。

https://www.kuuworld.com

 

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