KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

KASA / KOVALEVA AND SATO ARCHITECTS(アレクサンドラ・コヴァレヴァ+佐藤敬)|東京都文京区|都市の中の庭で協働の場をつくる(1/2)

文・写真(明記以外):北澤 愛

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家探しと事務所の改修

2022年の10月21日(金)〜23日(日)に小石川植物園で初めて行われた「小石川植物祭」は、参加者が植物、植物園、そして街や人のつながりに新たな価値を見出すお祭りで、三日間で約一万人近く(3割が初めて植物園に来た人)が来場したプロジェクトだ。その総合ディレクターを務めたのが、東京とモスクワを拠点に活動する建築家ユニット、KASA / KOVALEVA AND SATO ARCHITECTS(以下、KASA)のアレクサンドラ・コヴァレヴァさんと佐藤敬さん。

お二人が石上純也建築設計事務所を経て2019年に独立と同時に住む場所を探していた時、アレクサンドラさん(以下、サシャさん)が見つけた自宅兼仕事場が窓から一面小石川植物園が見える物件だった。その後手狭になり事務所として探し当てたのが数年くらい使われていなかった元印刷所で、貸せる状態じゃないという大家さんに「もったいないし角地で良い場所ですので、印刷の街の記憶を継承しながらも、地域の協働の場にしたいので自分たちの手で何とかします!」と話し、自分たちで事務所の改修を手掛けた。

 

地域での知り合いが増える

元印刷所はキッチンもトイレもなく水回り以外は自分たちでの手で作った。仮囲いがなかったこともあり、街の色々な人が入ってきて、近所のおばちゃんが銭湯券をくれたり、大工さんが相談にのってくれ、器具を貸してくれたりと、現場が始まった途端知り合いが近所に増えていった。工事が半年経った頃、現場を見にきてくれた知人に文京区で地域団体を支援する助成金を公募しているという話を聞いて、事務所開きのいい機会と考え説明会に参加。話を聞いているうちに植物園と何かできないかと思いはじめたそうだ。

実は植物園の近くに引っ越した仕事もなかった当時、植物園にメールを書いて園長にアポを取り、この植物園の良い所と悪い所等をまとめた資料を作って話に行っていたのだ。植物園では京大から来た川北篤先生が来られた時期で、新しく小石川植物園新温室の建設や「Life in Green」プロジェクトが始まっていた。植物園を地域に開いていきたいと考えていたが進んでいなかったタイミングでの話だった。前に話したことを一歩でも良いから進めてみませんか、と植物園に打診を始めた。

 

左から:自主改修した事務所/工事中に近所のおじいちゃんはラジカセを持ってきて音楽を聞いてたり、小学校が近いので学堂のように毎日のように現場に遊びに来ていた子どもたちは、今だに放課後に友達と来て絵を描いたり模型をつくったりして遊んで帰っていくそうだ。左から:自主改修した事務所/工事中に近所のおじいちゃんはラジカセを持ってきて音楽を聞いてたり、小学校が近いので学堂のように毎日のように現場に遊びに来ていた子どもたちは、今だに放課後に友達と来て絵を描いたり模型をつくったりして遊んで帰っていくそうだ。

 

 

地域(街)と植物園をつなぐ植物祭の誕生

「小石川植物園は江戸時代の御薬園を起源とする歴史的な場所であるにも関わらず、暮らしながら観察していると地域の人たちとの距離感を感じ始めました。助成金を使って地域と植物園の垣根を崩していくような活動を何かできれば、この事務所を開く以上に街に対してのインパクトを与え、街のビジョンみたいなものをみんなと共有できる、文京区が誕生する前からある植物園という大きな環境的なインフラの新たな解釈を提示できるのではないかとどんどん妄想が膨らみました。企画書を作り、助成金の申請に伴い、社会的意義や目的を整理して、事業計画を組み立てていく過程で、どんどん輪が広がっていったんです。」と佐藤さん。

「ここに日本で一番古い植物園があるのに、白山や春日、小石川に植物園があるイメージがないことも大きかったです。例えば代官山や下北沢だったら街のイメージがわかるけれど、この辺りはどういう街なのかみんなが抱く共通のイメージのようなものはない。2021年にロシア館の改修*1で初めてヴェネチア・ビエンナーレに参加した時、街がとても魅力的で活気を感じました。街の人各々がバラバラで個性的な事をされてるんだけど、何となくみんな同じ方向は向いてるみたいな、そんな感じがありました。ビエンナーレという祭が街のビジョンを示しているようでとても感動的でした。当時のロシア館のキュレーターがOMAの元パートナーのイポリートという方で、プロジェクト進行の中で彼のチームからキュレーションについて色々勉強させてもらいました。一緒に仕事をしてるうちに自分たちでもできるような気がしてきちゃって。笑。それで植物祭を考え始めたというのもあります。植物祭を機に色んな協働が生まれ、植物園を中心に少しずつでも魅力的な場所に変わっていければいいと思っています。」とサシャさんが続ける。

植物園には助成金が取れなかったとしてもまずは小さくでも何か始めましょう、と話をしていたが無事助成金を受託。それならより話を広げようと出展者を公募したら、数十組の応募がありその内17組を選出した。この事業は文京区の区民課と協働、文京区社会福祉協議会が助成、ボランティアが約100名、協賛が共同印刷をはじめとした地域の企業と、官民の垣根や個人や団体、企業の垣根も超え、飲食店から作家さん、地域の団体もいるというように様々な人たちが植物園に三日間集った。

植物園の植物や歴史、物語等から、出展作品を作ることを具体的に行った。例えば、植物園にとっては駆除対象のカラムシは作家にとっては貴重な繊維資源。他に地域の染工場さんは、桜のひこばえ、枝、葉と樹脂の部位ごとの色の違いを感じる染色体験や抽出した色染めの商品を販売した。「植物祭が里山の循環のように都市の中の一つの循環の中に組み込めたというのも良かったですし、子どもにしても食べることや、何かワークショップで遊ぶことで植物に興味を持つなど、五感を使って植物との色々な学びの幅を広げられたのかなと思います。また、この植物祭では出展者を固めず植物園中に散らばらせたので、すぐには出展者を探せません。迷っているうちに森の中でかわいらしい動物に出会った時のように出展者に出会う、そんな体験の合間に様々な植物も発見できるよう、あえてガイドしないことにしています。都市はわかりやすくファストにできてるから、植物祭は反対に、わかりにくくスロー。でもそういう所にも良さを見出していきたいです。」と二人は話す。

 

左から:空間的なアイディアとして、路地と植物園の全ての交点に植物祭のポスターを貼る事で、街を彷徨っていると常にポスターに出会い、植物園に接している事を改めて認識させた/植物園を街に見立てて道で囲まれた区画を一つの出展者の家とし、自分たちの庭を整えるようにワークショップや本を飾ったりと、植物園内に会期中擬似的な街が現れた。 写真:左:KASA、右:保田 敬介左から:空間的なアイディアとして、路地と植物園の全ての交点に植物祭のポスターを貼る事で、街を彷徨っていると常にポスターに出会い、植物園に接している事を改めて認識させた/植物園を街に見立てて道で囲まれた区画を一つの出展者の家とし、自分たちの庭を整えるようにワークショップや本を飾ったりと、植物園内に会期中擬似的な街が現れた。 写真:左:KASA、右:保田 敬介

 

 

対話をしながらつくる「小石川植物祭2023」

この活動が毎年行われることで植物園の街だとか、この地域に来ると緑が多く植物も多様というイメージが浸透し、地域のお店も植物に関連するグッズやメニュー等が増えていき、街の印象も変わっていくのではないだろうか。開催は三日間だが活動自体は一年通じて行い、フィールドワークや採集会、対話の場など色々な企画が計画されている。今年は京都大学人文科学研究所准教授の藤原辰史氏をキュレーターに迎え、「命名」というテーマを設けた。一つのみんなの見るべき方向性みたいなものを共有することで、街がこういう姿になるといいという建築的・空間的なイメージを持って進めている。テーマは毎年変える予定で、10年、20年、30年と続けてきた時の各テーマを追っていくと、何となく植物祭の全体のイメージが見えてくるのではないかと考えているそうだ。

「今年2023年は公募90組の応募から20組を選出し、文京区内外から、アーティスト、工芸、リサーチャー、漢方や食、花屋、博物館、ギャラリー等、分野を横断した様々な人たちが集まります。今年の3月に湯浅良介さんと「In Between Two Houses/Dialogue vol.2 KASA・YUASA」展をした時に、門脇耕三さんに『対話することで同じ方向にいくのではなくて、今回の展示は逆に両者が尖った』とコメントをいただき、対話や協働することにとても可能性を感じています。植物祭に関しても皆が黙々と案を進めていくのではなく、会議に参加してもらい情報共有し、出展者同士でも色々議論して、どういう企画にしていったら良いか、お互いのやることに対してクリティークしたり、クロストークなどもやって大盛り上がりしました。」と佐藤さん。

去年は植物園内のみの活動だったが、今年からは地域のギャラリーや空き家(以前は印刷所の街として栄えていたが、現在はシャッターが閉じている所も多い。)も使って街に回遊してもらう仕掛けを作りたいそうだ。食を通じた出展内容もあるが、お腹を満たす目的のものはないため、飲食は基本的に街に出て歩いて食べるよう、近隣のお店もうまく巻き込んでいきたいと言う。

「二年目で重要なのは、街が変わっていくことです。これをきっかけに空き家やシャッターが閉まりっぱなしの印刷所が街に開いていくとか、大規模開発によって、街の個性が失われ平坦になって来ていることを危惧しているので、そういうところに対しても働きかけて、街の空間的資源に皆が気づけるようなっていったらいいと思っています。また、植物園は文京区の中心にあるので色々な自治会や町会が跨いでいるので、バラバラな自治をつなぐ場所にしていけたらというアイディアもあります。地域住民の世代交代のタイミングになる前にコミュニケーションをとっていくことで、空き家になっている場所を使って良いよと言ってくれる人達を増やしていくことも重要になってくると考えています。」と佐藤さんが熱く話す。

お二人は出展者と企画内容の案出しから一緒に考える事もあると言う。地域のお店ではアイディア含めどういう風に考えたらいいか分からないので、お店の人たちの特徴や日頃の活動と今年のテーマを合わせて、こういう形だったら個性が出るのではないか等助言をしたり、全体のアートディレクションも含め虫の目から鳥の目まで広い視点で関わっている。今年は千石にある「ときの忘れもの」も出展されるそうなので、こちらも楽しみだ。

 

小石川植物祭 2023 メインビジュアル:高田康代/めぐるデザイン小石川植物祭 2023 メインビジュアル:高田康代/めぐるデザイン

 

 

庭をつくるということ

「まず都市の中の庭を作りたかったんです。植物園のようにあれだけ建物が建っていない場所はなかなかなく、それが一つの資源としてあるのに、うまく活かしきれていなかった。東京大学の研究室がある附属植物園のため、区からは何もできず、周囲から孤立した存在だったようです。それを今後の街の方向性や暮らし方、街に対して考える場所にしていきたい、そんなイメージを建築家として持っています。緑って鑑賞の対象でしかなかったけれど、例えば街路樹が全部食べられるものになっても面白いですよね。行政も巻き込んで活動しているので、少しずつでも色んなアイディアを実現していく為の下地作りや、議論できる場所にしていきたいです。」二人の話が心に響く。

移住してきた二人だから、地域と植物園を巻き込みながら繋いで、植物園のある街のイメージや地域の活性化につながる活動を始められた。地域住民はもちろん行政や企業の意識も年々変わっていくのではないだろうか。都内では自発的にコミュニティに関わることは難しくハードルも高いが、このような植物祭などがきっかけに誰もが気軽に地域を跨いで関わりやすくなっていける場が増えると、自分の住んでいる街についても考えるきっかけになる。今年の U-35 に二人が出展し、ゴールドメダル賞を受賞した「ふるさとの家*2」もまた、庭を通して集まる場(家)を作り、周囲に街全体の方向性の一つを示すプロジェクトだ。それぞれが今後どのような場に、街に変わっていくのか期待したい。まずは今年の「植物祭」に参加してみよう。

 

[小石川植物祭、2023年]
テーマ「命名」ー なぜ人は植物に名を授けるのか ー
総合ディレククション:アレクサンドラ・コヴァレヴァ+佐藤敬/KASA
キュレーター:藤原辰史/京都大学人文科学研究所准教授
会場:小石川植物園と近隣地域
会期:2023年11月3日(金・祝)- 11月5日(日)
主催:小石川植物祭実行委員会
協力:東京大学大学院理学系研究科附属植物園小石川植物園
助成:文京区社会福祉協議会「Bチャレ」(提案公募型協働事業)
後援:文京区、文京社会福祉士会
協賛:共同印刷株式会社ほか
https://koishikawabotanicalfestival.org/

 
 
 

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