KENCHIKU世界/地域に根ざした建築家

らいおん建築事務所|今の時代に求められている仕事のあり方(1/2)

 

10年ごとの転機

リノベーションによるまちの再生を始め、リノベーションスクール等の活動でも記憶に新しい嶋田さんは北九州市出身で、磯崎新氏の建物が周囲にたくさんある環境に育つ。高校2年生の時に北九州市立美術館と美術館の設計者である磯崎新展の案内を見て建築家になりたいと思い、大学院卒業後にみかんぐみに入社。入社当時は住宅などの担当を、3年目くらいからみかんぐみ自体が成長した時期でもあり、チーフという立場で様々なプロジェクトに関わりプロジェクトマネージメント的な仕事が増え、愛・地球博(EXPO 2005 AICHI JAPAN)のトヨタグループパビリオン(仮設:2005年)、鹿児島のマルヤガーデンズ(リノベーション:2010年)、神田駅前の上野ビルディング(耐震改修:2007年)、横浜市立あかね台中学校(新築:2011年)など大きなプロジェクトを担当した。

2010年に9年働いたみかんぐみから独立。最初の仕事だった住宅のリノベーション(白山の家:2010年)、そして小倉のビルの空きビルの再生(メルカート三番街:2011年)で脚光を浴びる。北九州市で北九州家守舎という会社を仲間と一緒につくり、リノベーションプロジェクトをやりながら、行政主催のリノベーションスクールを手伝い始める。やがて各地から相談が来るようになり、2013年から4、5年間、リノベーションスクールの取り組みを全国に展開していき、小倉と全国いろいろな所をかけまわった。ビルを再生する際、オーナーさん自ら投資できる方ばかりではなかったので、オーナーさんから安い家賃で借りて、シェアオフィスやシェアハウスにリノベーションして貸すことにしたりと、どのように仕事が作れるかを考えていく中で、その一つとして不動産再生を自分たちで行い、そこから得た収益から設計料を得たり、払われる家賃の中から収益を得るなどの仕組みを生み出していく。

一方、らいおん建築事務所(以下らいおん)では「小さくても面白いことをやる」と意識していったそうだ。「白山の住宅設計やビルの再生などの仕事をしていく中で、今の時代に求められている仕事のあり方というのが、新築を建てることばかりではないのではと思ったんです。地方では都市や地域が衰退していく中でビルのオーナーさんは空室に困って悩んでいる一方、チャレンジしたい人たちが沢山いるのに、中心部には手頃な家賃で借りれる本当に欲しい空間がほとんどない。そういった新しいニーズや新しい顧客層をビルのオーナーさんたちは見えていないし、活用の方法が分かっていないのではないかと思い、そこを繋ぐということが仕事になっていきました。学生の頃、恩師の小嶋一浩さんが江副浩正氏のことを話しており、『情報の電位差』というお話しをされていたのを聞いた時に、お客様と僕との一対一ではなく、僕が誰かと誰かのギャップがあるところに入って困りごとを解決できたら、そこにお金の流れや仕事が生まれるということを直感的に感じていたと思います。そこが僕の仕事の原点になっていて、この仕事が一つの経済の流れになり、それぞれが幸せになるための仕組みが作り出せる可能性があるのかも」と嶋田さんは言う。

全国を飛びまわる傍ら、らいおんでは、目白のマンションの再生(目白ホワイトマンションmemento:2014年)では、小倉での家守の経験をもとに、その手法を賃貸マンションに転用した不動産再生をしたり、小さな投資物件として、現在の事務所のビルの借地を買いませんかという相談を受けて、2階、3階をルームシェアして住む人たちの賃貸住宅にして運用した。2017年に空きスペースにしていた1階を、スタッフたちと一緒に自分たちでパン屋さん(神田川ベーカーリー:2017年)を開業しました。2年くらい前は毎日のようにお店に立っていた時もあった。みかんぐみの9年間があるから、その次のまちづくりや不動産の再生業のような仕事になった時に、設計ができることや建築をよく知っていることが強みになったのだと言う。そして2018年にリノベーションスクールから離れていく。

 

左上より時計回りで:白山の家、東京、2010年/目白ホワイトマンションmemento、東京、2014年/オガールベース、岩手県紫波郡、2014年 写真:吉田誠/神田川ベーカリー、東京、2017年
写真:丹下恵実

 

経験と発想とこれからの10年

独立した時には、新築の住宅の設計をメインにしていくのは日本全体でみると空き家を増やしているだけでいいことはあまりない、と新築の設計をしないと決めていた。オガールベース(2014年)というホテルや体育館、店舗などが入居する民間複合施設の仕事をしたが、いわゆる建築家の仕事だと思われている仕事をしばらくやらないでいた。その中で、いろいろ課題を抱えているエリアを今までやってきたまちの再生とは違う、再生していくプロセスをちゃんと構築して実施していきたいので、そのアドバイスやプロデュースをしてもらえないか、という相談が増えてきたそうだ。現在、大阪府泉佐野市を始め、福島県国見市、静岡県島田市、山口県下関市、そして栃木県小山市のお手伝い *1 や、完成したばかりの大宮の日本郵便の旧社宅リノベーション「POST-OMIYA」*2 など数多くのプロジェクトをかかえている。

そしてここ数年は、タイプの異なる3件の保育所プロジェクトも手がけている。きっかけは昨年の初めに、みかんぐみの時に保育園2件ほど設計をさせていただいたクライアントの方から連絡で、今は小さな保育所の経営と若い社会福祉法人の経営者にコンサルタントもされており、新規開園をする計画があるので設計しませんかというお話だった。1つはスポーツジムから保育所に用途変更してコンバージョンするプロジェクト、既存の保育所を保育所にリノベーションするプロジェクト、そして農地を宅地開発して新築の保育所を建てるプロジェクト。全て異なる要件の保育所である。

  1. スポーツジムから保育所へのコンバージョン。東京と神奈川では保育のニーズが高い一方で、新しく建てられる土地がないので既存の建物をリノベーションするのが現状で、古いオフィスビルなどは検査済証など書類がないこともあり、対応が大変だという。小倉のまちづくりでのリノベーションの経験と、保育事業ではある程度の規模の投資ができ、地方の中心部の商店街では投資が事業に見合わず不可能だった事も保育所だったらで可能なことにきづいた。ビルの安全性も高まり、子育て支援の課題も解決し働けるお母さんが増えるなど、いろいろなことが解決していくので悪いことではないと思ったそうだ。スポーツジムだったときにに2回ほどリフォームしていた建物は、プールのあった場所がマシーンルームになっていたのでそこを保育室にした。一室で採光を取り、避難関係や必要な特別な消防設備を設け、子ども用のトイレなど設けなければいけない部屋で区切っていくプランにした。プロジェクトは2021年の春に完成。
  2. 既存の保育所の改修。東京や神奈川のかつて人口が増えていたまちには保育園はたくさんあるが、子どもは微減している。保育ニーズはゼロにはならないので、これまで行政が直営していた既存園を民間に委託して、民間の社会福祉法人が運営している事が多いと言う。建物は30、40年経ち相当老朽化しているが、建て替えられない為、今の高品質な保育のサービス水準に合わせて空間に余裕を持たせ、子どもも働く人の環境も高めるようなリノベーションを可能にするよう、園庭に仮園舎を建てて少しずつ工事ができないかという計画を提案した。リノベーションでの経験を保育所にも当てはめて考えると、大都市の旧市街や都内の人口が増えている地区では、既存の建物をリノベーションしていくことが保育所問題の解決法となるそうだ。
    保育所としての耐震性能は余裕があるので、耐震性に影響のない壁は解体する計画としている。1歳児の入所は減らない事から1歳児室を増やしたり、異年齢の縦割りで保育を行うので、玄関や事務室の位置を変えプランを一新した。部屋から離れた場所にあったトイレを、先生の目の届くそれぞれの保育室からトイレにいけるよう、現状のオペレーションに合うように計画。園庭に全て移せる仮園舎を建てれない事、また閉園せずに新しい保育室を子どもたちが使える事も可能にするように、園児の安全性を確保して段階的に工事をしていく方法を提案した。仮園舎をフルに建てると費用が高くなるが、小さく建てる事で仮園舎のコストが下がり、工事を同時に進めても全体コストもかなり下がるので、この事業性があれば他の保育所でも使うことができる。これらの提案を元に今後について行政と相談しながら進めていくそうだ。
  3. 茨城県の新築の保育所。近年新しくできた工業団地に工場が建設され雇用が増えたことで人口が増加している地域である。子育て世代に対する子育て支援のニーズが生まれるこのような地域では、保育園建設のための土地も十分にあり、昔の開発のようなことが起きていて、農地を転用して保育園を新築することがあると言う。農地に開発行為を行い保育所を新築するという、事業者のコンペで設計者として参加した。構造、環境性能、建物のそのものの性能を高め、将来ずっと使っていけるような骨格と外壁の性能を持たせ、リノベーションしてもコンバージョンしても長期的に使えるような建物として計画している。省エネルギー性能の高い保育園になるように、住宅のHEAT20のG2の外皮性能のあるチープ化しない新築を建てたいと考えているそうだ。現在、実施設計中で来年の4月には開所予定。
    保育所不足の問題がなかなか解決されていない現在、このようなさまざまタイプの保育所のプロジェクトは、今の時代、そしてこれから必要なモデルケースになるのではないだろうか。今までの経験があったからこそ、嶋田さんらしいアプローチで考えられた作品である。
 

1. 溝の口の保育園:鉄筋コンクリート造、地上1〜3階/敷地面積 1,070.806㎡/建築面積 700.451㎡/延床面積 1,070.022㎡(計画部分のみ)
1. 溝の口の保育園:鉄筋コンクリート造、地上1〜3階/敷地面積 1,070.806㎡/建築面積 700.451㎡/延床面積 1,070.022㎡(計画部分のみ)

3. 阿見町の保育園:木造(一部鉄骨造)、地上1階/敷地面積 4,214.47㎡/延床面積 830.12㎡ 写真:らいおん建築事務所
3. 阿見町の保育園:木造(一部鉄骨造)、地上1階/敷地面積 4,214.47㎡/延床面積 830.12㎡
写真:らいおん建築事務所

 

振り返ると10年ごとに活動の軸が変わってきていると言う嶋田さん。建築の設計にのめり込んでいた10年、まちづくり、リノベーションスクールを始めとして全国を飛び回っていた10年。そしてこれから。「時間に余裕があったときにパン屋さんのお店に立ちながら、自分に何ができるか向き合ったんです。やっぱり自分ができることは建築なのかなと思ったんです。全然スケールが違いますけど、以前にフィギュアスケートの浅田真央さんがインタビューで引退して自分に何ができるのかすごく考えていた時に、『やっぱり私にはスケートなんだと思ったんです』と答えていたのを、わー素敵だなって思ったから。今は、らいおんでの自分の仕事を考えると、建築の仕事が1/3、まちづくりでいろいろなことをお手伝いする事が1/3、事業に投資して自分で面白いと思うビジネスなど作っていく事が1/3くらいで上手くバランスが取れたら幸せなんじゃないかなって思います。

じっとしていられない性格なので、次々いろいろなことに手を出していきたくなりますが、もう1、2年は落ち着いて足元を固めていくことを考えながら、ちゃんと目の前のことに向き合っていくことをしつつ次のことを考えるのかなと思っています。」と嶋田さん。時代に求められている仕事のあり方をご自身で作りだして形にしていき、良い関係を築きながら向き合ってこられた嶋田さんの活動は、このコロナ禍で変わりゆく社会や様々な問題に対して必要不可欠なのだと感じた。これからの10年の嶋田さんがどのような世直しをしていくのか楽しみである。

 

 

らいおん建築事務所

川添善行さん

らいおん建築事務所 嶋田洋平さん

らいおん建築事務所からのメッセージ

若い頃に夢見ていた「建築家」というイメージは大学卒業後、僕が社会に出て設計事務所という環境で働いていく中で明確な職能として目指すものになりました。でも社会は常にすごいスピードで大きく変わっていくし、建築や建築のデザインが社会の中でのあり方も変わっていきます。その中で従来のような「建築家」像も建築家の仕事のフィールドも常に変化していくと思います。

従来の僕たちの仕事フィールドや枠組みは、人口増の時代にたくさんの建物をある品質で効率化して作るために専門分化した結果だと言えます。人口減少して縮退化していく社会で建物が余っていく時代にあっては従来の「設計」という仕事の枠組みにとらわれない仕事の捉え方や働き方が大切ではないかと思います。

リノベーション、まちづくりもパン屋さんの経営のようなビジネスも、大きく構えたビジョンと一歩ずつの実践としての小さなアクションどちらも大切で、その時に僕たちの強みである建築的で論理的で立体的な思考が重要なのではないでしょうか。そういう意味で建築を専門とする僕たちの可能性はまだまだこれからの社会で十分に生かせるのではないかと感じています。

同年代や若い建築家、学生さんとはそんな新しい時代の建築家像や役割について一緒に考えて提示していけたらきっと楽しいですよね。

https://www.lion-kenchiku.co.jp/

 

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