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モロークスノキ建築設計|フランス、パリ|公共建築への挑戦(2/2)

文・写真(明記以外):柴田直美

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パワーハウス・パラマタ

[ パラマタ、オーストラリア 2019-2024年竣工予定 ]

パワーハウス・パラマタは完成するとシドニー・オペラハウス以来の規模となる公共建築である。昨年12月のコンペにモロークスノキがローカルアーキテクトのGentonと組んで勝利してから、昨年4月に確認申請、9月末にSchematic Design(基本設計。その後、Design Development(実施設計)と設計が進む)提出、というスピード感で2024年の竣工を目指している。コロナ禍によって、現地に行くことができなくなったモロークスノキはzoomとteamsを駆使してシドニーとパリで毎日(8:00〜11:00)打ち合わせをしながらプロジェクトを進めている。時差の関係で結果的にオーストラリアとフランスで24時間作業している状態となっている。

パワーハウス・パラマタは7つのプレゼンテーションスペースやアーティストのレジデンス、オフィススペースなどがフラットに広がるオープンスペースをもつアートセンターとなる。展示空間のフレキシビリティーと質のバランスを考えながら、基本設計を進める9ヶ月の間にどんどん要素を絞りつつ、既存のパワーハウスを起動させてきた1,500人のスタッフと、新しい館長が連れてきたチームと手探りで一丸となって進めている。

構造を考える際には、Arup(構造責任)と佐藤淳氏に相談しながら、コンクリートや鉄の使用による、カーボンフットプリントを減らすため、最低限の材料でいかにプログラムを妥協せずに成り立たせるかを考えた。19世紀に建てられた橋や鉄道駅のように、鉄を「編む」ことで大きな構造体をつくる手法に倣い、材料を抑え、手間と雇用を生み出しては?というアイディアもあったが、これは残念ながら人件費の高いオーストラリアではハードルが高かった。少しでも環境負荷を抑えるため、鉄板をプラズマカットした残りを流用させることができないかと検討中。

地上階にある延床3,000㎡のプレゼンテーションスペースは、高さ10m、幅60mの扉が大きく開くことで、市街地とパラマタ川をつなぐゲートとなる。上階に展開する川辺の風景を望む幅約6mの入場無料のパブリックスペースは、最上階まで続き、教育プログラムやブックショップ、バーなどのアクティビティを受け入れられるように設計されている。これは、グッゲンハイム・ヘルシンキの案でもモロークスノキが大切にしていた点である。

元火力発電所を転用したレンガ造の建物である現在、シドニーにあるパワーハウスは取り壊されて、売られたパラマタの新設費用の一部になる予定だったが、周囲が高層ビル化していくなかで貴重な産業遺産であったことから、パワーハウスのパラマタ移転については反対意見がでていた。その結果、2020年7月に残すという決定が発表された。 https://nichigopress.jp/ausnews/science/199368/

 

敷地面積:19,500㎡/延床面積:32,000㎡

 

 

ギアナ 記憶と文化の家

[ カイエンヌ、フランス領ギアナ 2013年- ]

南米ブラジルの北に位置するフランス海外県ギアナの首都であるカイエンヌに建つ文化複合施設です。これは実は2013年にコンペで勝ったプロジェクトで、計画は止まったり再開したりを繰り返していて、いまだ着工にも至っていないものなのですが、とにかくコンテクストとしてとても面白く、私たちにとって意味深いプロジェクトです。

かつてはフランス本土からの囚人を収容する地として使われており、その風景は映画『パピヨン』で強烈に描かれています(実際、映画で使われている囚人服やエピソードの多くがカイエンヌの囚人博物館に飾られている絵から採用されています)が、日本人には馴染みのない土地のようで、敷地見学では『地球の歩き方』がなくて困りました。私たちのプロジェクトサイトは街の中心にあるパルミエ広場から岬にかけて広がるかつての軍病院の敷地で、敷地全体とその中に残る建物群が保存指定を受けています。岬といってもマングローブのうっそうとした森が8年周期で茂っては流され、海が見えるのは8年のうち1年ほど。茂みにはカイマン、コウモリ、ウミガメなど、エキゾチックなアマゾンの動物たちが潜んでいます。プロジェクトは、本文でも紹介したように、フランスの新しい世代の文化形成におけるミッドグラウンド(基点)となる記憶と文化の博物館(リノベーション)、現代美術館(新築)、資料館(新築)、映画館(リノベーション)などからなる公共文化施設です。気候も文化もフランスとは随分違いますが、れっきとしたフランスの公共建築です。こういった拡大した国民意識というのも、日本人の私にとっては大いに新鮮なものです。

 

プロジェクトが止まってしまった理由のひとつはétude scientifiqueという文化人類学的な研究が追いついておらず、展示の方向性が定まっていなかったことです。というのも、集結する部族や民族の工芸品の中には、舟や弓、羽を用いた飾りなどが含まれていますが、それらは今もジャングルで用いられており、「過去の遺構」ではないからです。非常に流動性を持っている人や道具などを使って定点的な展示をすることの科学的な難しさがあるということですが、国境線こそが人工的であることを考えれば当然でもあります。認識して学習する上では科学的な構造が必要で、それをある意味人工的に設けていく、そこにこの研究の挑戦があるわけです。

展示の研究が進むのを待っている間にも建物は激しく老朽化しており、今年、既存建物の修復を優先してプロジェクトを再開することが決まりました。研究、予算、政治の都合を待たないダイナミックな自然の代謝、これがこのプロジェクトの面白いところです。(楠寛子)

 

1〜4階/敷地面積:10,400㎡/延床面積:10,500㎡

 

 

サイエンスポキャンパス

[ パリ、フランス、2018-2021年竣工予定 ]

パリのサンジェルマンにサイエンスポ(Sciences Po)のキャンパスを計画中です。サイエンスポはグラン・ゼコール(理工系高等教育機関)の一つで、コミュニケーションやビジネスに特化しています。近年、その他のエリート校が次々とパリから郊外へキャンパスを移動してしまったのですが、サイエンスポはパリのサンジェルマンに残り、現状はサンジェルマン内で散らばっている複数の校舎を集合させてつくるキャンパス計画です。米国型の広大なキャンパスとは異なり、パリの独特のテラス文化、アート、ファッション、フード、それらを背景に人と会い、よく聞き、よく話すというキャンパスライフは、都市インフラや密度があって初めて可能となるユニークなものです。

敷地は元修道院で、戦争中は武器庫として機能し、戦後はサン・トマ・ダカン教会に付属する施設として機能していました。回廊を持つ美しい建物群で、保存指定を受けています。

保存建築家、キャンパスアドバイザー、もう一つの設計事務所などと共に既存の建物の歴史的分析をしながらキャンパスの全体を計画しました。研究者のエリアと学生のエリアをそのスピードや音量から分けつつも、緩やかにつなげていること、また、中央の庭にコンテンポラリーなパビリオンを増築し、新しいキャンパスのイメージを映すショーケースとして計画しています。私たちの事務所は主にパビリオンとカフェ部分を担当しています。時代性やイデオロギーをなるべく削ぎ、潔くシンプルで中立な佇まいを目指してデザインしています。(楠寛子)

 

4階/敷地面積:14,000㎡/延床面積:16,400㎡

 

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