(c)Moreau Kusunoki in association with Frida Escobedo Studio
2030年に向けたポンピドゥー・センターの改修プロジェクト設計競技にモロークスノキ建築設計が勝利した。事務所設立から数年後、グッゲンハイム・ヘルシンキの設計競技で1等を獲得し、世界から注目されるようになったモロークスノキは、これまでにもシドニーのパワーハウス・パラマタ美術館(建設中)などの文化施設の設計を多く手がけている。 https://kenchiku.co.jp/online/sekai/sekai_008_1.html
リチャード・ロジャースとレンゾ・ピアノによって設計され、1977年に開館した同美術館は、完成からおよそ50年を経て、ファサード及び構造材の交換、設備の取り替えなどの技術的な大規模改修に入ることが決まっていた。休館の期間は2025年9月から5年間と長く、惜しむ声、反対の声も少なくない。必要に迫られた構造設備改修のみを行って再オープンするのではなく、この機会に、再度ポンピドゥーはどうあるべきかを問い、回答を出そうというのが、今回の改修であり、それを「文化改修」と呼んでいる。改修はモロークスノキ建築設計が主導し、AIAエンジニアリングが技術面を担当、フリーダ・エスコベド・スタジオはインテリア・デザイナーとして、インテリアデザインの一部を担当している。
この設計競技の特徴とそれに対しての提案の起点はなんですか。世界的に有名な、また建設当時に大変革新的であったポンピドゥー・センターの精神とDNAをどのように理解していますか。
楠
2030年に再オープンする際に、これからポンピドゥー・センターと育っていく世代にとっての美術館として、新しい形を探す設計競技だったと思っています。
私たちは1996〜2000年に行われた改修後のポンピドゥー・センターと育ってきた世代なのですが、私たちにとって、社会に開かれているミュージアムとして、映画館や図書館などを含めた複合的な施設の先駆けとして、ポンピドゥー・センターが近代の美術館のベンチマークになっています。今回の設計競技を通して、私たちのこれまでの美術館設計に少なからず影響を与えていたと改めて思いました。
また今回のリサーチで、設計者のレンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによる「社会の要請に合わせて25年ごとに改修する。そうやって美術館は成長する」というステートメントが設計当初からあったことを知りました。わたしたちは、その姿勢に全面的に共感します。美術館は、人間の寿命よりも長く残りますし、子どもの頃だけでなく、大人になっても感化されて成長させてくれる建物であるためには、どのように発展・拡張させていけるシステムを埋め込むか、ということが重要です。ポンピドゥー・センターは竣工当時に賛否両論があって議論を巻き起こしたものの、長い時間をかけて、市民に愛され、ユニークな存在として成長した歴史があるので、今回の改修でもどうやって先を見据えた提言ができるか、という点がモチベーションになりました。
具体的な提案について教えてください。
楠
前回の改修によって、運営のしやすさや有効面積を拡張したことによって、この建物が本来持つ有機的なつながりが見えにくくなっていました。もともと地上階はいろいろな方向から入って、いろいろな方向へ出て行くという計画だったようです。それを、再度、周辺に開くことを提案しています。また、地上階をフォーラム、地上階の床にあいた穴からつながっている地下階をアゴラと呼び、現在はフォーラムとアゴラは別々の空間として扱われていますが、もともとは穴も3倍ほど大きく、アゴラがステージでフォーラムが客席という一体化した劇場のような計画があったと知り、フォーラムとアゴラを連結しなおす提案をしています。ロゴにもなっているチューブ状のエスカレータはキャタピラと呼ばれ、地上と上階をつないでいますが、フォーラムとアゴラにキャタピラの延長としてのエスカレータを設置し、主要動線を視覚的に明確にしようとしています。
(c)Moreau Kusunoki in association with Frida Escobedo Studio
改修の対象は、4-6階のギャラリースペース以外全てです。フリーダに家具のデザインで協力してもらった国立図書館、ブランクーシパビリオンや屋上も改修されます。また、今回の改修で追加される次世代施設(対象年齢:0〜25歳)は、地上階から上階に行くにつれて対象年齢があがるように設計し、小さな子どもたちとその家族が来ることが想定される地上階の北側に自然光を入れるようにしました。地上階の南側にはレストランに外のテラスからアクセスできるようになるなど、現状では閉じている部分を少しずつ、都市に対して開いていきたいと思っています。
(c)Moreau Kusunoki in association with Frida Escobedo Studio
それから前回の改修で、国立図書館の入口が別になったことをピアノも悔やんでいたようで、やっと数年前にそれが元に戻りました。図書館について言えば、なぜパリの一等地に図書館の蔵書を置いてくのか、という議論もあり、今回の改修では、美術館の中にある図書館としてのユニークさを再考し、「美術館と図書館の間」のような場所(例えば図書館に所蔵されている写本などは美術品として展示するなど)、ここに足を運んでこそ体験できることにも挑戦しています。当初の設計は均一な空間だったのですが、今回の改修では、空間全体をランドスケープのようにとらえ、「アーキペラゴ」と呼ぶまとまりを配置し、エリアの非均一性を意図的につくっています。
(c)Moreau Kusunoki in association with Frida Escobedo Studio
また、カンディンスキー・ライブラリーという研究者専用の図書館があるのですが、ブランクーシパビリオンにあった素晴らしいブランクーシのコレクションを本館に移設して、そのパビリオンにカンディンスキー・ライブラリーを移すという提案をしました。よって、一般利用者に開放される図書館スペースはその分拡大することになります。
(c)Moreau Kusunoki in association with Frida Escobedo Studio
日本の美術館改修に比べると5年間というのは長いように思いますが。
楠
運営をしながら改修をしたことによって、改修予算が激増したという例もあり、一部オープンという妥協した運営をしながら、長期間に予算がかかるというのも問題で、思い切って5年間、閉館するという決断に至ったそうです。そもそも、技術改修自体がここまで大掛かりなのは開館以来で、竣工当時のガラスファサードが使用されている状況でした。そうなると作品保護の観点から埃や汚染物質などを取り込まないように、内側からかなりの空気圧をかけていることや空調による莫大なランニングコストがかかっていて、今回の合理的な技術改修をするために5年が必要であったということでした。
要項が膨大だったということですが、他の設計競技と比べてどれくらいの違いでしたか。
楠
普通の設計競技資料の厚みが12mmくらいだとすると、今回は36mmくらいでしょうか。ポンピドゥー・センターのために働いている2,000人の思いがこもっている意見書のようなものでした。フランスでは要項の作成に2、3年かけることが一般的ですが、基本設計が始まっている今もまだ、建築家を含めたプロジェクト関係者全員で意見を取りまとめています。
5年間、閉館することは、ポンピドゥー・センターで40年間以上働いてきたメンバーたちにとってはとても不安なことであり、各々の声に美術館が耳を傾け、閉館中の待遇を明らかにすること、また、再オープンするときにはパワーアップして集えるように、知見を募る……この分厚い要綱からはそんな風景が伺えます。
(c)Moreau Kusunoki
設計競技のスケジュールや体制について教えてください。
楠
2023年5月に情報公開されたあと、書類審査で6組が選抜され、9月から敷地見学などが始まりました。参加費として実費の80%が保障されるフランスの公共建築設計競技の指針に則っていたので、税金を使った事業において何十組にも作品をつくらせることは現実的ではありません。設計競技期間の6ヶ月のうち、4ヶ月は歴史家に加わってもらって、建物の分析・理解に充てました。これは通常よりもかなり長く、特別な進め方でした。チームの座組としては建築家がリード、構造設備エンジニア、インテリア・デザイナー、再利用(リユース)専門家と用途研究家(空間の有効的、または複合的な使い方をエンドユーザーと一緒に考える)が指定されていました。用途研究家をチームに入れるのは、今回が初めてで、彼らの知見をどうやったら活かせるか、模索中です。
モロークスノキ事務所案でもっとも大事にしているポイントはなんですか?
楠
私たちの提案は最終選考のなかでもっとも控えめな案だったと聞きます。一言で言い表すのは難しいですが、いろいろな小さいことを数多く提案しています。建築にアイコン像を求められた新築の場合など、コンテクストによっては声を大きくしなくてはならない時もあると思いますが、今回は引くのがいいという判断でした。とにかく引き算的な操作を何回も繰り返し、混沌や雑音を取り除く作業が主でした。そうしてやっとわずかな余白がうまれるかどうか、というところです。余白を残した状態で次世代にバトンを渡せるとよいですね。こんなに人々から愛着をもたれている有名な建物ですし、何千、何万という人たちがそれぞれの「ポンピドゥーと私」という思いを持っています。各々にとってのポンピドゥーがどう変わっていくのかを多人称的に、多世代的に描いてみよう、というのが、このハンドドローイングの試みです。
(c)Moreau Kusunoki
インタビュー(2024年8月):柴田直美
参考:
https://www.centrepompidou.fr/en/fermeture-provisoire-pour-travaux/le-projet-de-reouverture
https://moreaukusunoki.com/ja/project/centre-pompidou-2030/
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