インタビュー No.004

建築物の評価と保存活用ガイドラインについて

鈴木博之氏 インタビュー


- 再生時間:15分39秒 -

建造物の評価と保存活用のガイドライン制定までのいきさつ

鈴木

直接的なきっかけは国際文化会館という東京六本木鳥居坂にございます建物がありまして、これは戦後の名建築の一つでありますが、古くなり大変効率も悪く、経済的にも難しいという事で、全面的に再開発をおこなうか、保存活用していくか、という問題がおきて、国際文化会館が日本建築学会(以下学会)に要望書を出したということもございまして、「じゃあ、学会と一緒に考えていけないか」というようなお話をいただきました。学会の中に国際文化会館をどのように考えるかというための委員会ができ、私が委員長になりまして、アーキテクトの方、構造の専門の方が参加し、「どういう風にすれば安全性と機能性を確保して保存活用できるか」ということを考え、それを三菱地所設計と、施工は清水建設を交え具体案を作り、完成をした。これが去年のことです。これは学会がそれまで「こういう風な、なんとか残して欲しい」と要望書は出すけれど、実際の仕事にまでタッチすることは少なかった。しかし、今回要望から現実の隔たりまで事業として進む事ができた。というのでお褒めを頂いたということはございます。この時、問題に関わった人達の間で問題が起きる度に「こうやって欲しい」それから「じゃあ具体的にどうしようか」っていうご相談というのは非常に大事なことだけれども、個別の問題を越えて一般化し、まず「こういう点を考えて欲しい」という論点を整理して考えてくださいと最初にアピールしておくことが必要じゃないか、ということになりガイドラインを作る委員会が次にバトンタッチする形で生まれてきた訳です。それが足掛け3年くらいになります。その議論を経て、今回のこの建造物の評価と保存活用ガイドラインという形にまとまったということなんですね。
ただ、こういう学会がこの保存活用ガイドラインというのを出すのは学会だけの話ではなくて、文化庁と国土交通省が一緒になって、建築保全センターが事務局になって、公共建築物の保存活用ガイドラインというのを既にまとめていたということがあるんですね。それから建築業協会BCSでは良好な社会資産を創出する建物長寿命化という提言といいましょうかね、それを既に取りまとめておられる。大きな流れとしては、建築業協会あるいは国交省文化庁などでもこういう問題を非常に大事に考えている。で、学会が後追いという訳ではないんですけれども、そういう中で学会としてもこういう建造物の保存活用の考え方をまとめようという流れであった、ということになると思います。

ガイドライン・5つの基本的価値の判断基準は?

鈴木

ここでガイドラインていうのが言ってるのは、“取扱いマニュアル”というのでもないし、“チェックリスト”でもない、あくまでも「スタートラインになるガイドラインだ」っていうことで、できたばっかりの建物っていうのはおそらくそれなりの意味を持って造られているんだろうから、わざわざ「この建物の価値は?」ということを考えなくてもいいけれど、「もう壊してしまおうか」それとも「いや、もう少し上手くやって使いつづけようか」っていう分かれ目にきた頃にこういう問題が起きてくる。その時には、建ってもうある程度時間も経ってしまっているし、古びてきている、それから設備なりいろんな部分も時代遅れになってきている、っていうような問題が起きてるだろう。だけど、そうではなくてその建物にはそれが建った時の建物の造り方、それが歴史的な価値としてまず表れている。だから歴史的な価値には、こういう様式があって、というだけじゃなくて、例えば10年前の建物だったら、例えばバブルの時期の名残りがいろんなところに残って、それは今ではもうこういう建物は造れない建物っていうこともある。それから、もっと古いのだったら、もうそれこそ江戸時代のスタイルで造られている、っていうようなこともある。だから歴史的価値の中身はいろいろだけど、やっぱり建物にはそれが建った時の歴史的背景っていうのが込められている。それを見てください。それから文化芸術的価値っていうのは同じようで、例えば丹下健三さんの作品ていうのには丹下健三さんのある種の哲学と同時のその表現ていうのが込められている。で、他の建物についても無名の職人かもしれないんだけれども、その人達がこう込めた細工の見事さがあるかもしれないし、そういうこう面白い部分、見所のある部分、造形としてもハッと驚くような部分、そういうものがあるかどうか、よく考えてください。それが“文化芸術的価値”。だからそれの中身もある意味では千差万別だっていうことです。それと、次の“技術的価値”っていうのは、これはかなり議論があったんですけれど、古い建物っていうのはもう時代遅れになっていると考えられがちだけど、建った時にはもの凄くいろんな工夫をしているものが多いんですよね。それは今ではもう使われないやり方っていうものもかなりある。で、それを壊してしまうということは、ある種その種類を絶滅させてしまうようなことがなるだろう。で、当時の初めて立体ガラスで大空間を造った建築や、そのいろいろな技術的試みをしたっていう部分、そういうものをもう一度見直してみて、「あぁ、こういう工夫があったのか」っていうようなことを再確認して頂きたい。それは例えば当時は良かったけど、アスベストみたいに非常に危険だということがわかったようなものは当然そういう技術は更新しなきゃいけないんだけど、その「今もう古いからっていうだけで過去の技術を単純に捨てないで欲しい」というような見方ですね。それから景観的あるいは環境的な価値っていうのは、これはわりにわかりやすいかもしれないんですけど、ある程度時間が経って風景に馴染んでいる建築っていうものの意味、それをもう一度見直してくれないでしょうか。それから、その社会的価値っていうのは単純に言うと建築っていうのは、非常に大きな社会資産であるし、ストックである。それを少し不具合があるから、少し手狭だから、っていうだけで全取っ替えしてしまう、っていうのは社会的なストックという点から言うと、やっぱり大いなる無駄であり、地球環境に対してもよろしくない。そこをなんとか工夫できないか、っていうようなことを考えてみてはいかがでしょう、ということなんですね。ですから、これの中に全部チェックリストがついてる訳ではなくて、そういう目でもう一度建物を見直していただけないか、そうするとある場合には、こういう技術を初め、例えばスチールサッシを最初に使っていて、今ではちょっと難しいとしたら、「大変かもしれないけどこのスチールサッシは残して置いてもいいんじゃないか」っていうような判断があるかもしれないし、いろんな側面からその建物その建物で違う顔が見えてくるんじゃないか、その顔を見てよく考えていくべきじゃないか、っていうことなんです。

文化財登録制度との関係は?

鈴木

もちろん組織も違いますし、立場も違うんで、直接的に結びつくっていうことではないんですけれど、ただ登録文化財っていうのは文化庁の一応の内規的なルールとしては、建築50年以上経たものを一応対象としてるんですね。我々はその50年にいくまでの間、っていうのが今まではその建物の“事業努力で生き延びろ”っていうようなことだったんだけれど、その間の“ちょっと立ち止まって考えてみてはどうですか”というのに役に立てば有難いな、ということなんです。だから国際文化会館もちょうど50年になるかならないかっていう頃が一番問題だった訳なんですし、今世界遺産の一つにしようって言ってる上野の西洋美術館も、来年、再来年くらいでちょうど50年になるか、ならないか、みないたところなんですよね。だから50年まで持つっていうのは非常に大変なことで、その中間の手助けっていうか、ある種の見直しの一助になればっていうところはありますね。だからそれによって国宝があって、重要文化財があって、登録文化財があって、そしてこういう保存活用ガイドラインで考えながら、もう少し上手く使えるかなっていうんで使っていくような建物が、連続していくことで新しい建物から古代の建物までいろんな建物が無駄に壊されずに済むような手立てになればと思っています。愛媛県に日土小学校っていう戦後の木造の校舎があってこれを建て替えようという話があった時に、これは学会の四国支部のメンバーの方、それから建築家協会の四国愛媛の方々が一緒になり、八幡浜市と交渉を何度もおこない、それでようやく市もこれを保存しながら、必要な手を加えて「今の小学校として、機能が高いものにしよう」ということになって、ようやく実施設計に入るというところまできたんですけれども、だからこういう形でもいろんなところで、学会をベースにして具体的な地元の方、オーナーの方、自治体なんかと一緒にやってる例っていうのは多いですね。

今の小学校の機能を高める設計っていうことは、それをそのまま残すのではなくて、それをいかして・・

鈴木

だから保存活用っていってある種そうですよね。だから保存ていうのは「もう完全に手を触れるな」っていう訳ではない、で、例えば重要文化財の建物だって、「使えない、っていうんじゃ困る」っていう場合には、それから「安全でなければ困る」っていうことがある訳ですから、必要な手立ては加えてる訳で、あらゆる建物、保存ていうと、「パッと立ち退け」みたいになっちゃう、それは誤解なんですよね。やっぱり使えなければ、それこそ巨大なゴミ屑になっちゃう訳だから、ただし「その時にその建物が持っている良さを潰してしまったら、元も子もないじゃないか」っていうのが、このガイドラインの主旨でもあるんですね。ですから「歴史的な良さっていうのがありませんかとか」、「芸術的な価値っていうのがありませんか」、「技術的にすごく試みられていることはありませんか」っていうようなことをチェックして、「そうか、これ使うんだったら、こういうところを上手くいかしてった方がいいな」っていう風に考えて頂けると有難いことなんです。

(2007年11月6日 於:東京大学)

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