インタビュー No.019

建築、まちづくりにとって科学とは何か?

吉村有司氏 [後編] インタビュー


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ビッグデータを用いた歩行者分析の分野で世界的な注目を浴び、「データを用いたまちづくり」の第一人者として活躍する吉村有司氏。大学卒業後は日本を飛び出し、バルセロナの公的機関の職員として様々な都市計画に携わってきた。近年はバルセロナとボストンを行き来しながら、研究やプロジェクトに奔走している。そんな吉村氏へのインタビューを、3回に分けてご紹介。最終回となる後編では、まちづくりにビッグデータを用いるようになったきっかけやバルセロナでの取り組み、今後の展望などについて語っていただいた。

まちづくりに科学的なデータを用いるというのはあまり聞いた事がありません。

吉村

いまでこそビックデータ、オープンデータという言葉が巷を賑わせていますが、バルセロナでは92年のオリンピックが終わった頃から、既に都市に関するありとあらゆるデータを集め始め、科学的な分析とシミュレーションに基づいた都市計画を推し進めてきました。その光景は、模型とスケッチがまちづくりにおける主要な道具だと思い込んでいた僕にとって新鮮な驚きでした。

バルセロナの市街地模型へのプロジェクションマッピング

バルセロナの市街地模型へのプロジェクションマッピング

吉村さんは建築家でありながら、Ph.D.をコンピュータ・サイエンス学部で修了されています。

吉村

バルセロナ都市生態学庁に就職して一週間くらい経った頃だったと思います、「今日はこれから新しいパブリックスペースに関するミーティングがあるから君も出る様に」との指示が所長からありました。「都市計画のミーティングだから参加者は建築家だろう」とタカをくくっていたのですが、そこに座っていたのは、数学者、物理学者、生物学者と、建築家は一人もいませんでした。そしてミーティングが始まってみると、なお驚かされました。「これを見てください。これは空気汚染の解析図です。現況を元に将来図をシミュレーションしてみました」。すかさず隣の人がこう言いました:「でも、ここに取り付けたセンサーからはこんなデータとパターンが出てきます」。

教会堂の中に設置されているバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター

教会堂の中に設置されているバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター

吉村

正直、僕は彼らが一体なんの話をしているのか、さっぱり分かりませんでした。それはカタラン語だったからという言語的な理由ではなく、話している内容にさっぱりついていけなかったのです。都市のスペシャリストであると思っていた我々建築家が、他の職種の人達に都市の議論に関して一歩も二歩も先をいかれているという大変ショッキングな状況に直面してしまいました。そこにいた全ての人たちが、いまでいうところのビックデータを持ち寄りながらも、建築家である我々よりも上手いやり方で、そして説得力のある方法で都市に関する魅力的な提案をしていたのです。

都市は我々建築家にとっては主戦場です。その主戦場が他の分野の人たちに乗っ取られようとしている。そして実証データなど科学的な分析を持ち出されたら我々建築家は勝ち目がないのではないか。

これが僕が今から約10年前に直面した現実でした。そしてこの出来事が、僕に建築学部ではなく、コンピュータサイエンス学部で博士を取らせる直接的な原因となったのです。

バルセロナ都市生態学庁ではどんなプロジェクトを担当していたのですか?

グラシア地区歩行者空間計画の為のパンフレット

グラシア地区歩行者空間計画の為のパンフレット

吉村

市内の自動車道を歩行者専用道に変更するパイロット事業(グラシア地区の歩行者空間計画)や、バルセロナの都市形態に合わせてバス路線を全面的に変更する計画などを担当していました(※1)(※2)。

※1 地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?
※2 地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?
バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

吉村

バルセロナは長い年月を掛けて都市をスマートにする、もしくはサステイナブルにするという戦略を練っており、僕が担当していたこれらのプロジェクトは現在バルセロナ市が推し進めている都市全域を歩行者空間化する「スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)」の始まりでもありました。具体的には、2018年までに市内を走る全ての道路の約70%を歩行者道に変更することが既に議会で承認されています。現在のバルセロナ市内の歩行者道は45%程度ですから、これから2年間で約30%弱を用途変更する訳です。これはなにも夢物語なんかではなく、具体的な計画として進んでいることなのです。

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

吉村

去年の9月から約一ヶ月間、400mx400mのエリアをパイロット地区に指定し、車両道路を一斉に通行止めにし歩行者道に変更する実証実験を行いました。この実証実験のイニシアティブは都市生態学庁がとっていたので、僕も参加していましたが、そのやり方には度肝を抜かれました。

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

吉村

今回はあくまでも実証実験という位置付けで、この期間が終わったら元に戻すという条件付きだったので、簡易的なポールを立てて車両の出入りを禁止したり、市民に分かり易く説明する為に、定期的にイベントを開催したり、その期間中使わない信号機にはゴミ袋が被せられていました(笑)。手作り感満載です。なにもお金をかけなくても、この程度で良いし、やる気さえあればなんでも出来るということを見せ付けられた気がしました。

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

スーパーブロックプロジェクト(la Superilla)実証実験

吉村

またこの期間中、市役所の代表者達と地域住民達が、それこそ車座になって意見をぶつけ合う、公開討論会がパブリックスペースで毎晩の様に開かれていました。僕はほぼ毎日出席していたのですが、両者の意見がかなり白熱し、終わるのが夜の22時過ぎ、更にそこから様々なグループに分かれてバルに流れ込み、深夜過ぎまで話し合うというラテン魂が爆発していたのは大変印象的でした。

担当していたプロジェクトに話を戻します。EUの第6次フレームワークプログラム(FP6)の「イノベーティブな政府のためのICT研究」に採択された研究プロジェクト「ICING」のマネジメントを任されたのもこの頃でした(※3)。

※3 地中海ブログ:EUプロジェクト提出!:都市こそが鍵である

ICING

ICING

吉村

ICINGは欧州におけるスマートシティのはしりと言われていますが、このプロジェクトがスタートした2000年中頃というのは、センサーから人々の行動データを取得し都市政策に活用するというアイデアを実装している都市は殆どありませんでした。先行事例が全く無い中で試行錯誤を繰り返しながらも開発にまで漕ぎ付けたのが、Bluetoothセンサーだったのです。これは皆さんがお持ちの携帯機器についているBluetooth機能をキャッチできるセンサーで、このセンサーから得られた交通データを分析してみたところ、従来の方法とは比較にならないほどの正確さで交通データを取ることが出来た上に、コストが劇的に抑えられたことなどが欧州委員会に高く評価されました。現在バルセロナ市内に設置されているモビリティ・マネジメントの為のセンサーは、この時僕が開発したものがその原型となっています。

さらに、このセンサーに関心を持ったルーブル美術館関係者との間で、来館者が館内をどう移動しているかについてのビッグデータ解析に関して共同研究を行うことになり、この結果がまた新たな研究者の関心を引き、といった具合に、パイロット事業への参加から始まったモビリティ分野への関わりが、徐々に学術性を持った研究への取組みへと広がりを見せていったのです。更には、このセンサーとデータ分析を核としたスタートアップを始めたのもこの頃のことでした。

日本では研究は研究者、起業は起業家と領域が分かれています。

吉村

自治体の目線から地域の問題を汲み取り、市民を巻き込みながらICTで解決策を提示する方法論と、社会実装した新しいテクノロジーを都市サービスとしてビジネス化する方法論は違います。また、研究者としてアカデミックで成功する方法論と、学術的な研究をベンチャー企業に育て上げるスキルも全く違った素養が必要となってきます。欧州に来て以来、「まちづくりにデータを持ち込む」という観点のもと、公的機関、ビジネス、アカデミックと、異なる領域でそれら全てのプロセスに関わることが出来ました。そのプロセスを別々のものではなく一連の流れとして捉え、自治体を巻き込みながらも研究分野をビジネスに昇華させるノウハウを学んだ気がします。

la Superillaに対する市民の反応

la Superillaに対する市民の反応

今後はどのような挑戦をしていきますか。

吉村

これからどんどん人口が減少し、先細りになっていく日本社会において、自治体がどのように都市サービスを提供していくのかというのは大問題です。限られた資源を有効活用し、どのように市民生活の質を向上させていくのか、それに対するヒントは南ヨーロッパの都市が持っているのではというのが私の考えです。いままで日本は見習うべきお手本として欧州の北の国々ばかりを見てきました。しかし南の都市は経済的に貧しい中でも上手く都市サービスを市民に提供し、生活の質を向上させることを何百年と続けてきています。その為の行政の仕組み、補助金の使い方のノウハウ、更には市民との協働など何世紀にも渡り組み立ててきたのが地中海都市なのです(※4)。

※4 地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ

バルセロナ・オープンハウス

バルセロナ・オープンハウス

吉村

それらの国々では既に、インフラを整えるスマートシティというフェーズから、それらインフラの上でどのような活動が行われるのかというフェーズ、欧州版シェアリングエコノミーとでもいうべき市民を巻き込んだ「スマートシティズン」へと移行しています。都市共同体を維持していく、もしくは作り出していくにはシェアリング・エコノミー、もしくはコラボレィティブ・エコノミーというのは非常に有効なツール足り得ると思います。そこにはある種の懐の深い社会が存在していると思うのです(※5)。

※5 地中海ブログ:第1回神戸―バルセロナ国際ワークショップ終了~

ビトリア市緑の輪プロジェクト

ビトリア市緑の輪プロジェクト

吉村

また、ICTによって建築デザインがどのように変わっていくのか、もしくは変わらないのかという点にも非常に注目をしています。これまで建築家は都市や建築をデザインする際、その中で行われる人々の活動(アクティビティ)を想像して計画することに留まっていました。観察したりインタビューしたりするしか、その空間の中で行われる活動を知る術がなかったのです。しかし、これだけICTが我々の生活の中に浸透してくると、意識的・無意識的に関わらず、我々の活動の多くの痕跡がどんどんとサーバーに蓄積されていくことは避けられません。プライバシーの問題を克服しながらもそれらを上手く活用していくことによって、建築や都市のデザインにまた違う展開が期待できるのではないかというのが私の目論見です。云わばこれは、「科学ではない」建築や都市計画にとって、「科学とはなにか?」という問いでもあるのです。

インタビュー(2017年3月): KENCHIKU編集部

吉村有司

吉村有司(Yoshimura, Yuji)

1977年愛知県生まれ。建築家。2000年中部大学工学部建築学科卒業。2001年よりバルセロナ在住。バルセロナ現代文化センター、UNESCO Chair (UPC)、バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センターなどを経て、現在、laboratory urban DECODE代表、マサチューセッツ工科大学建築・都市計画学部研究員、ルーヴル美術館リサーチ・パートナー。主なプロジェクトに、バルセロナ市グラシア地区歩行者計画、バルセロナ市バス路線変更計画など多数。近年は、クレジットカードの行動履歴を使った歩行者回遊分析手法の開発や、Bluetoothセンサーを用いたルーヴル美術館来館者調査など、ビッグデータを用いた歩行者分析の分野で世界的な注目を浴びる。「地中海ブログ」で、ヨーロッパの社会や文化について発信している。