人々の営みという不定形の柔らかいナカミに、形を与えそれを支えるウツワを建築と呼ぶ、と考えています。だからいつも気になるのは、ナカミとウツワと関係です。
ウツワはウツワとして魅力的でなければなりません。しかし、そこから人々の営みが具体的に沸々と想像されてこなければ、それは空虚なウツワとしか言いようがないでしょう。
ナカミがウツワを導き、ウツワがナカミを誘い、その関係に切実さと説得力と独創性とが感じられるとき、それを優れた建築というのではないでしょうか。
学生コンペであっても、いや学生コンペであるからこそ、このことが重要だと考えています。
その観点からみて、第4回を迎えたこのコンペティションで断トツによかったのが「生きる蔵を手伝う家」でした。まず、蔵はウツワである以上に、そのナカミとして麹菌の繁殖、ひいては麹菌がつくりだす酢、醤油、酒、味噌を中心とする人の食の営みが、しっかりと想像されているのがよいと思いました。また、麹菌を中心に据えた食生活は、現在の都市生活のそれとは異なるわけで、その意味で、この計画には自然に批評性が伴われます。ここから、ひとつの街のあり方を想像的に創造していくことは、現状に対するオルタナティブを提案することに等しく、まさに思考実験としての価値があるように思われました。
第4回目となると、募集案のレベルは内容的に充実したものとなってきました。
今回は土蔵の活かし方という、現代的なテーマでした。土蔵の持つモノとしての魅力や、内部空間としての可能性、土蔵の本来の意味とは何か?など様々なアプローチの手段があるテーマで、佳作以上に選ばれた作品は、いずれも興味深い切り口を提案されていました。最終的には、提案のコンセプトが土蔵に特有な空気・素材感にどれだけ肉迫できたかが問われることになりました。こうした時に、強いアイディアは、具体的でスペシフィックな提案です。
多くの案が地域のコモンスペースとしての再生を提案する中で、一等案は、意外にも蔵を蔵として再生するというものでした。醗酵蔵をテーマとして取り上げ麹菌の「感染経路」という通常ならネガティブなキーワードを、建築の屈曲する連続体が黒く変色していく様として極めてコンセプチュアルに提案されました。それが審査委員の感受性に強く訴えかけたと思います。
他の入選案も、路地や、フリーマーケット、銭湯、工房、寝るための空間など、土蔵と相性の良い、具体的でイメージできる空間の特性との新しいコンビネーションを模索しており、学生とは思えないくらい優れた提案が多かったと思います。
実現化プロジェクトの並走というリアリティも伴って、POLUSコンペは着実にレベルを上げてきており、今後のさらなる発展を期待しています。
既存の建物が敷地内にある。一般的なアイディアコンペではなかなかない設定だったと思います。
いつものように、まっさらな敷地の中で自分のピュアなアイディアを展開して世界を支配すればいいわけではなく、そこにはどうにもこちらの言うことを聞かないヤツがいて、そいつとの付き合い方自体が課題のテーマになっている。とてもメンドクサイことだったろうと思います。でも、そもそも建築は、敷地の中に何もなかったとしても、その周辺環境や光や風向などの自然、歴史など、付き合わざるを得ない要素が無数にあるものです。自分の“意図の埒外”にある存在とのメンドクサさを“楽しみ”と読み替えることができるかは、建築家の重要な素養の一つなのだろうと思います。
一等となった「生きる蔵を手伝う家」は“麹菌”という言葉も通じない他者のライフサイクルが我々の日常に重なった世界を描いた案です。自分とは異なるリズムや動機で活動する他の生き物との暮らしは、その世話などは本当にメンドウなことだろうと思いますが、一意にデザインされた世界では得られない喜びがそこにはあるだろうことが想像されて、高く評価しました。他にも「彩りサーカス」を始めとした、古材や古道具を使って自分たちで居場所をセルフビルドしていく提案がいくつかありましたが、これらはメンドクサイ建設や暮らしのプロセスそのものを喜びとみなしている点で、今回のテーマらしい作品でした。
その一方で強く印象に残ったのは、外部の環境変化の影響を遮蔽する蔵の「自律性」にスポットを当てた「土蔵を抜けて」です。外界から隔てられた蔵の特性故の静寂さや恒久性によって、確かな空間の質が内側から発っせられているようで、これにも建築の根源的な力を感じ、評価しました。
他律性と自律性。「既存の蔵」というテーマは、そんな建築の根本的な両義性とそれ故の魅力を確かめさせてくれて、私自身楽しめる審査でした。ありがとうございました。
今回のコンペのお題は土蔵というテーマに加え、実際の地形そして5軒の木造建築、と割と細かく規定が決まっていた。そして集まった作品は実に多種多用。規定もあって、どの案も丁寧に設計されていて、見ごたえのある作品が多かった。
最終案5作品の2次審査。プレゼンボードだけでは見えてこない魅力が見え、模型にすると破綻しているところがあるのではという予想を覆し、立体になった時の魅力が表現されていた。
特に最優秀賞の麹菌と共同生活をすることがテーマの「生きる蔵を手伝う家」は “感染経路を持つ住宅”というフレーズに驚かされ、2次の模型を楽しみにしていた作品の一つであった。
実際に出来上がってきた模型の空間は感染経路と言われる菌のための空気の流れを活かし、公共的な路地、人のいる場所、菌の場所の3つの場所が並行して、蛇行している魅力的な空間を持つ建築が生まれていた。人が日本の食文化の基本にある菌を育て、そしてその菌が家を食べていく。なんともシュールで魅力的な提案であった。
もう一つ印象に残っている作品は「路に住まい、路と暮らす町」。実は土蔵は私にとっては心象風景の一つである。父方の実家は蔵のある家だった。蔵の周りに増築され、ほぼ外観からは蔵があることはわからない。祖父母は夏涼しく、冬は暖かい蔵を寝室として使っていた。分厚いしっくい壁は内部化され、触れるとひんやりとして明かに他の壁とは違う存在感を持っていた。そんな蔵の思い出に重なる作品がこの作品であった。細い路地空間、細い住空間の先にひんやりとした蔵の空間が隠されていて、ふと昔の思い出が甦ってきた。
非日常である「蔵」という空間を5軒の住宅に対してどのような位置づけにするかが今回のテーマの難しいところだったと思います。
どの作品もそれぞれ「蔵」に異なった意味を持たせ、それが他の住戸、さらには周辺地域に影響を及ぼしていくという過程は非常に興味深いものがありました。
その中でも、最優秀賞に選ばれた「生きる蔵を手伝う家」は街の核となるものが「蔵」という建造物である意味が非常に色濃くでていました。テーマにもある未来(時間の流れ)というものもうまく表現できていたと思います。
当社としては、実物件化の可能性を探ることでこのコンペの意義がより強いものになると考えております。