世界の建築は今 No.156

淵上正幸(Masayuki Fuchigami / 建築ジャーナリスト)

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最終更新 2018/10/02 10:00

Macallan New Distillery and Visiter Experience (Speyside, Scotland)

マッカラン新蒸留所 & ビジター・センター (スコットランド、スペイサイド)

Design : Rogers Stirk Harbour + Partners
設計:ロジャース・スターク・ハーバー+パートナーズ


草葺き山形の斬新なウィスキー蒸留所

ウィスキー・フリークにとっては、何を差し置いても味わうべきシングル・モルトの至宝ともいうべきマッカラン。スコットランド北東部のスペイサイドには約50件のウィスキー蒸留所がある。その代表的な1つであるマッカラン蒸留所に、新たに増築されたのがロンドンのロジャース・スターク・ハーバー+パートナーズ設計による「マッカラン新蒸留所 & ビジター・センター」だ。マッカランでは生産量の拡大と一般大衆への公開を目的に、最新の蒸留施設とビジター・センターを生み出すために、国際コンペを実施した。

マッカランは1824年より、この地の390エーカーもあるEaster Elchies  ハウスの敷地で蒸留されてきた。新蒸留所は既存の蒸留所より400mほどのところに建設されたもので、3年の工期を経て2018年5月に完成した。スペイサイドでは、国際的な著名建築家によってデザインされた初めての蒸留所といえる。

近年世界のウィスキー界ではシングル・モルトが評判になり、スコッチ・シングル・モルトの代表的な銘柄のひとつであるマッカランでは、その蒸留プロセスを公開し、ビジターを歓迎する建物を必要としていた。だがそれはスペイサイド地方の美しい周辺ランドスケープに呼応したものである必要があった。建物の最大の特徴である建築形態はこうした必要から生まれた。

新しい施設は、必要あればマッカランの生産量を3分の1倍増やすことができるという。内部的にはオープン・プランの中に、一連の生産セル群がリニアに配置され、生産プロセスが一望のもとにわかる。これらのセル群は、緩やかなカーブを描く木造屋根の形態に反映されている。草葺き屋根は地表から上昇・下降を繰り返す。自然のコンタに埋め込まれた建物は、古代スコットランドの土塁に想を得たものである。

こうした草葺きフォルムは、周辺ランドスケープに対してのヴィジュアル・インパクトを最小にしている。またソフトにうねる屋根形態は、美しい近隣の山や丘に見事に対応しているが、工業的生産セルを内包した反復される同一形態のため、明らかに人工的な形を反映しているのだ。

5つの屋根形態は蒸留所の構成設備の形にヒントを得てデザインされた。建物には1番高い屋根に内包されたビジター・センターをはじめ、3つの蒸留所施設やマッシュ・ハウスが収容されている。ビジターの体験は、ギャラリーにおけるマッカランの展示からスタートする。ローカルな石材、木材、屋根の草葺きなどの自然素材は、ランドスケープ・デザインと同様、その環境やウィスキーの製造原料を喚起するのみならず、ビジターにとっての雰囲気のあるツアーを提供することに役立っている。

丘の中腹にある工業コンプレックスの建物は、水を原料の要とするため、マッカランの敷地には、地下に埋設されたスペイサイド川へのパイプ・ネットワークが張り巡らされている。185百万ドルの建物は規模が大きく、長さ197m、幅60mもあり、内部の天井高は15mもある。そのためデザインを担当したグラハム・スターク氏は、建物を敷地の一部に埋め込まざるを得なかったという。

グリーンに覆われた5つのリンクされたドーム群は、木造+スティール構造のハイブリッド・ストラクチャーであり、集合的にグリッド・シェル(格子シェル)を構成。そのグリッドは3m四方の単板積層材。このドーム・モデュールは、露出した灰色のスティール・チューブ状部材で支持されている。このドラマティックな屋根は、地下に埋もれた蒸留施設やビジター・センターの基礎をなすコンクリート・ボックスの上に置かれている。

ビジター・センターは、入り口にある1番大きなドーム内にある。あと4つのドームに、大きなステンレス・スティール・タンクとラインアームが伸びた蒸留器のある蒸留セル3つと、いわゆるマッシュ(すりつぶす)・ハウスが配備されている。

RAH+Pがデザインしたこの種のフォルムを持つ建築が他にある。マドリッドの「バラハス空港ターミナル」やこれもスペインの「ボデガス・プロト・ワイナリー」だ。それらの意図は施設を隠すことではなく、むしろ程よい人工デザインの介入を見せることである。

山あいの透明な澄んだ日光が建物側面の窓から流れ込み、スペイサイドの緑に覆われた谷間の美しい景色が望まれる建築から生み出される、ピュアな琥珀色のマッカランに生つばを飲み込むのは筆者だけではないだろう。


[図 面]

 

[建築家]


Portrait: ©Ben Blossom

■ロジャース・スターク・ハーバー+パートナーズ略歴
1977年 リチャード・ロジャース・パートナーシップ設立
2007年 ロジャース・スターク・ハーバー+パートナーズ設立
2008年 マンサー・メダル受賞
2009年 スターリング賞
2015年 RIBAナショナル賞

■主な代表作にリーデンホール・ビル、マギーズ・センター、ワン・ハイド・パーク、ヒースロー・ターミナル5、セントラル・パーク駅(台湾)、ラス・アリーナス、ワールド・トレード・センター3、インターナショナル・タワーズ・シドニー、チフライ8、Y:キューブ、マッカラン新蒸留所&ビジター・センターなど多数。

■リチャード・ロジャース略歴
1933年 イタリア、フィレンツェ生まれ。4歳の時に英国に移住。AAスクール卒業後、イェール大学へ留学。
1963年 ノーマン・フォスターとチーム4を結成。
1970年 レンゾ・ピアノと協働で「ポンピドー・センター」コンペに勝利。
1977年 リチャード・ロジャース・パートナーシップを設立。
1978年 リチャード・ロジャース・パートナーシップを設立。
1985年 RIBAゴールド・メダル
1986年 レジョン・ドヌール賞
1991年 ナイトの称号を受く
1996年 ロードの称号を受く
2000年 世界文化賞
2007年 プリツカー賞

■主な代表作にインモス・マイクロプロセッサー工場、PAテクノロジー、ポンピドー・センター、ロイズ・オブ・ロンドン、テムズ・リーチ集合住宅&テムズ・ワーフ・スタジオ、マルセイユ国際空港、ヒースロー国際空港第1&5ターミナル、ヨーロッパ人権裁判所、ボルドー市裁判所、ミレニアム・ドーム、チャネル4本社、モンテヴェトロ・ハウジング、大和ヨーロッパ社、VRテクノセンター、政策研究大学大学院、バラハス国際空港第4ターミナルなど。

Photos: © Mark Power/Magnum Photos and ©Joas Souza