世界の建築は今 No.138

淵上正幸(Masayuki Fuchigami / 建築ジャーナリスト)

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最終更新 2017/03/31 17:30

Antwerp Port House (Antwerp, Belgium)

アントワープ・ポートハウス(ベルギー、アントワープ)

Design : Zaha Hadid
設計:ザハ・ハディド


空中に浮遊するダイヤモンド・シップ

ベルギーのアントワープと聞くと思い出すのは、ル・コルビュジエの「ギエット邸」だろう。建築を生業にしている僕たちにとって、世界遺産になったコルビュジェ作品がある街は重要だ。

アントワープはヨーロッパ第2の規模を誇る港町で、年間15,000隻の貿易船と60,000隻の内陸バージが稼働する貿易港である。これにより年間2億トン以上の貨物を輸送している。

1990年代に完成した事務所群に入居していたアントワープ港湾局は、オフィスが手狭になってきた2007年、事務所を移転して管理部門と技術部門を1箇所に統合し、分散配置されていた500人のスタッフをまとめることを決定した。当局はサステイナブルで未来的なオフィスを志向し、常に拡張し続ける地域的かつ国際的な市場で自社の特質と価値を前面に押し出すことをねらった。

新事務所の敷地は第63埠頭のカッテンダイクにあるメキシコ・アイランドが選ばれた。新しい時代のニーズに見合った機能設備をもつオフィスをつくるために、歴史的建造物リストに載るハンザ同盟時代の旧消防署を保存し、新しい本部を建設するコンペが行われ、ザハ・ハディド・チームが優勝した。

ザハ案の特徴は、まずアントワープ市中心部と港をリンクするカッテンダイク埠頭と並行する敷地の南北軸を強調した点にある。また水面に囲まれた敷地という特殊性から、既存ビルは4つのファサードが同等の重要性をもつことから、ザハ案は周囲に建物は建てずに空中に増築し4面を解放した点。さらに既存ビル建設当時に計画されていた"火の見やぐら“的なタワーの必要性は増築部分の高さでカバーしている点だ。

増築棟は南北に長く、その先端部分は船首のように細くなっており、プランとエレベーションが船のような形になっている。外壁は無数のガラス3角形切子面で覆われており、南側端部ではフラットで2次元的なガラス面が、北側へいくにつれて凹凸のある3次元的な平面となり、これがドックにおける水面のようなさざ波的効果を出して素晴らしい。

空模様の移ろい映し出すガラス面はすべてが透明でなく、意図的に一部をオパークにしている。それは十分な太陽光を取り入れると同時に、太陽熱をカットして最適なオフィス環境を生み出すためである。この透明と半透明のガラスを程よくミックスさせることで、視覚的なヴォリュームを巧みにブレイクダウンさせている。建物のキラキラと輝く効果は、この街のニックネームであるダイヤモンド・シティの印象を表現。まさに空中に浮くダイヤモンド・シップだ!

旧消防署の中庭は上部をガラス・トップライトで塞がれ、新しいレセプション・エリアとなり、ビジターはこのセントラル・アトリウムからかつての消防車置き場にできた歴史閲覧室や図書館にアクセスする。またエレベーターが直接上にある増築棟に接続する。増築棟と旧棟の間には、街と港のパノラミックな景色が観賞できる外部デッキが設けられている。

5階建て・長さ111m・幅24m・高さ21m(全体では地上46m)の増築棟は、1層分のスペースを空けて旧消防署の上に浮遊する身軽さ。この6,200m2の巨体を支持しているのは、セントラル・アトリウムと南側外部に配された2つの巨大な構造体だ。さらにアトリウム内には4本の長大な傾斜支柱が上昇して上体を支持している。ザハ・デザインのダイナミズム溢れた構造システムを見ると、建築の可能性が拡大していくのを感じる。

増築棟のメインとなる7階には、北側先端部に広い白亜のレストランがあり、ここまでは外部の人も入れるパブリック・スペースだ。船形プランの中央部分はキッチンやトイレなどのコアとなっており、窓側に沿った通路を巡ることで、アントワープの都市景観をはじめ、北海へ注ぐスケルト川や眼下の港湾風景を満喫できる。旧消防署であるハンザ・ハウスが16世紀アントワープの黄金時代を象徴したように、ザハの輝く新棟は来るべきアントワープのゴールデン・エイジを予見しているようだ。


[図 面]

 

[建築家]

■ザハ・ハディド 略歴


©Brigitte Lacombe

1950年 イラク、バグダッド生まれ。ベイルートのアメリカ大学卒業後、渡英
1977年 AAスクールを卒業(AAディプロマ賞受賞)し、OMAに入所
1980年 自己の設計事務所を開設
1981年 「59イートン・プレイス」で、英国建築デザイン・ゴールドメダルを受賞
「ピーク・クラブ・コンペ」(香港)で最優秀賞
1992年 ニューヨーク「グッゲンハイム美術館」における”ロシア・アヴァンギャルド展“の展示デザイン
1993年 本格的建築作品「ヴィトラ消防ステーション」完成。「カーディフ湾オペラハウス・コンペ」最優秀賞
1999年 ドイツ建築家協会名誉会員
2000年 アメリカ文芸アカデミー名誉会員。アメリカ建築家協会名誉会員
2002年 エ-ケル・ダルジャン賞(仏)
2003年 ミース・ファン・デル・ローエ賞
2004年 プリツカー建築賞受賞。RIBA世界賞
2005年 ロイヤル美術アカデミー会員。ドイツ建築賞
2006年 AIA英国支部賞受賞。RIBAジェンクス賞
2007年 高松宮殿下記念世界文化賞
2011年 スターリング賞
2012年 大英帝国勲章デイム・コマンダー
2014年 RIBAロンドン賞
2016年 マイアミで逝去

 
■代表作

主な作品に、ヴィトラ消防ステーション、ランドフォーム1、ムーンスーン・レストラン、マインド・ゾーン、サーペンタイン・ギャラリー、ストラスブール・バス・ターミナル、インスブルック・スキー・ジャンプ台、ローゼンタール現代美術センター、BMWセントラル・ビル、ホテル・プエルタ・アメリカ、オルドラップガード美術館増築、フェーノ科学センター、ロペス・デ・エレディア・ワイナリー、マギーズ・センター、国立20世紀美術館、グラスゴー・リバーサイド美術館、エヴリン・グレイス・アカデミー、広州オペラハウス、ピエールヴィーヴ、サーペンタイン・サックラー・ギャラリー、メスナー・マウテン・ミュージアム・コロンズ、南京国際ユース・カルチャー・センター、アントワープ・ポートハウスなどがある。

Photos and Material: Courtesy of Zaha Hadid Architects

 


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