レポート

『日本橋高島屋と村野藤吾』展

文・写真(明記以外):柴田直美

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2019年3月5日(火)、高島屋史料館TOKYO(日本橋高島屋S.C.本館)にて『日本橋高島屋と村野藤吾』展が始まった。本展は、高島屋史料館TOKYOが、大阪にある高島屋史料館(1970年創設)の分館として、2019年3月に日本橋高島屋S.C.本館に開館するにあたり、第1回企画展として開催される。

百貨店として日本初の重要文化財に登録されている日本橋高島屋本館は、1933年に高橋貞太郎(1892-1970)の設計で日本生命館*として完成し、戦後、村野藤吾(1891-1984)による4度にわたる増築、その後の耐震補強工事や改修を経て、現在の姿になっている。館内には竣工当時を忍ばせる場所も多く残っており、大理石の柱が並び、天井からシャンデリアが吊られている正面玄関の吹き抜けは、人々を迎える象徴的な空間である。また、開店時からあるエレベーターは機材を刷新しながら使用し続けるなど、歴史を大切にしてきた高島屋の精神が感じられる。
*日本生命が建設し、高島屋が日本生命から借り受けて百貨店として営業開始。創建時は一部を日本生命東京総局が事務所として使用していたが、1963年に転出した。

村野藤吾の資料は本展監修の松隈 洋氏(京都工芸繊維大学教授)が所属する京都工芸繊維大学美術工芸資料館が収蔵しており、2018年にかけて行われた再開発工事に向けて高島屋が図面資料の閲覧を希望したところ、新しい資料の発見があったという。村野藤吾の図面を探していた際に、高橋貞太郎による初期の図面(1931年頃)と、戦争により中断されて実現しなかった増築図面(1936年頃)が出てきたのだ。これは戦後の増築を村野が担当することになった際に高島屋が高橋の増築案図面を村野に託したのではないかということであった。村野が高橋に敬意を払いつつ増築を行なった図面(1951年頃)と揃って展示されており、図面を通して2人の建築家の思いを読み比べることができる。

1937年に高橋による増築は着工し、地下階の工事まで進んでいたが、日中戦争が開戦したことにより、中止せざるを得なかった。第二次世界大戦後、高島屋が戦後にふさわしいモダンなデザインを求めて村野に設計を委ねたと推測される。

「ヒューマニズム思想を持ち、誰もが親しめることを大切にしていた村野は、選ばれた人だけでなく誰でも来ることができる場所として百貨店を設計しました。」と松隈氏はいう。

村野は人が触れるところへの細かいデザインにこだわっており、日本橋高島屋の階段室は大理石の壁に真鍮製の手すりが美しいだけでなく、階段は登りやすく、手すりは握りやすいように丁寧にデザインされている。

松隈氏は「百貨店はもともと社会に向けて文化を発信する公共的な場所でした。このスペースも新しい時代の文化拠点になるのではないでしょうか。」と期待する。

昨年9月に、日本橋髙島屋 S.C.としてリニューアルオープンした日本橋髙島屋は、大規模な日本橋エリアの開発「日本橋再生計画」の一つであるが、毎月第2金曜日に見学ツアー(要予約:03-3211-4111)が開催するなど、人々に開かれた文化発信拠点として、建物そのものが活用されている日本橋髙島屋は、歴史的な建築の精神を引き継ぎつつ、現代的に使っている好例なのではないだろうか。

 

日本橋高島屋と村野藤吾

監修:松隈 洋(京都工芸繊維大学美術工芸資料館教授)

展示期間:2019年3月5日(火) - 5月26日(日)

開館時間:11:00 ~19:00

休館日:月・火曜日

入館料:無料

展示場所:高島屋史料館TOKYO 4F展示室(東京都中央区日本橋2-4-1)

主催:高島屋史料館TOKYO

 

高島屋史料館TOKYO

https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/tokyo/about/

「展示室(本館4階)」では、「新しい生活文化を提案する場」として企画展を開催。(2019年度は5回の企画展を開催予定。)高島屋アーカイヴスと連動するだけでなく、近現代の生活文化へ百貨店が与えた影響を紐解き、これからの暮らしを豊かにする情報を発信しつつ、地域と連携して日本橋エリアの魅力向上にも力を注ぐ。「旧貴賓室(本館5階)」では、重要文化財である日本橋店の創建当時の内装を生かした空間でセミナーも開催予定。https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/tokyo/seminar/