レポート

第5回 横浜トリエンナーレ

文・写真:柴田直美

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2001年に始まった横浜トリエンナーレが、8月1日に第5回展開催を迎えた。
アーティスティック・ディレクターの森村泰昌氏によるテーマは「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」。このテーマは、本を所蔵や読書を禁止され、発見され次第、焼却されてしまう世界での人間の葛藤を描くSF小説『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ著)に由来している。(※華氏451度(摂氏220度)=紙が自然発火する温度)本が燃やされても、その内容を記憶することを決めた「本になる人々」によって本の精神は失われないが、彼らの存在自体は「消し去られる=忘却」という『華氏451度』に対し、展覧会自体が『忘却巡り』のように章立てられ、横浜
美術館から新港ピアへと巡る11章の物語として構成されている。

7月31日に行われた記者会見に続いて、序章として横浜美術館中央に展示されているマイケル・ランディの『アート・ビン』に、森村氏が自身の作品を投げ入れるパフォーマンスが行われた。森村氏に続いて参加作家らも自身の創作から出た失敗作、未完成作(創造的失敗のゴミ)を投げ入れ、ゴミを捨てるという行動が最大限に注目され、拍手喝采を受けると言う、逆説的で不思議な状況に立ち会った。

グレゴール・シュナイダーは、いつもある駐車場への扉を開けるとそこにはまったく違う世界は広がっているというインスタレーション『ジャーマン・アンクスト』を発表しており、まるでナルニア国への入口としてのクローゼットのようである。ひょっとしたらここにある現実とはまったく違う次元で別の世界が展開されているのでは、と目をこすりたくなるような、また今という現実が過去の積み重ねであり、未来へと続く一部であることへの自覚を促す作品である。

最終章「忘却の海に漂う」としての展示は新港ピアで展開され、戦火を免れるために作品を避難させたからっぽのエルミタージュ美術館の中で、かつて設置されていた作品について兵士たちにガイドツアーを行う、メルヴィン・モティの『ノー・ショー』や、世界各国で収集した他人の家族写真によって、思い出で溢れんばかりの世界を小屋に閉じ込めた大竹伸朗の『網膜屋/記憶濾過小屋』などを見た後、広がる海を目の当たりする。それまで目にしてきたアートとその世界から、眩しい太陽の光によって現実に呼び戻されるような感覚である。

「沈黙やささやきが持つ豊かさや深さを忘れてはならない。」と森村氏が語るように今回の横浜トリエンナーレでは内省的な作品が多かったように思う。普段見えているのに見えていないもの、忘れられていくもの、そういったものに気がつき、そして改めて現代社会を見つめると、何が問題で何か本当に大切なのか、朧げに浮かび上がってくるような展覧会である。

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