近代建築におけるガラスの大胆な導入は、空間に透明性をもたらした。
ガラスという素材が、壁と違い、その向こうが透けて見える性質をもっていたからである。かつて建築史家のコーリン・ロウ は、バウハウスの校舎に代表される、こうした効果を「実の(リテラルな)透明性」と呼ぶとともに、「虚の(フェノメナルな)透明性」という概念を提唱した。すなわち、ル・コルビュジエの作品や近代絵画などに見出される複数のレイヤーが重なり合う構成によって、事後的に立ち上がる現象としての透明性である。ガラスは新しい空間をもたらしただけではなく、建築論も刺激し、複雑なデザインの探求をうながした。
これを現代において考えると、どうなるだろうか。その手がかりとして、映像性をテーマとしたい。実際、ガラスはリフレクションの効果によって周辺環境を映しだす動画のスクリーンのようにもなるし、各種のディスプレイにも使われている。これらはロウにならって言えば、リテラルな映像性かもしれないが、現代建築の可能性を拓くものだろう。またさらに発展させて、フェノメナルな映像性という切り口も考えられるかもしれない。その場合、ガラスを単体として考えるのではなく、建築の関係性の中にどう位置づけるか、あるいは透明性がエネルギー負荷をもたらすことを踏まえて、環境的な視点を織り込むことも課題になるだろう。
いみじくも今年は、国連でガラスの歴史と未来を祝福することが定められ、国際ガラス年2022に指定されたが、改めてその素材がもつ様々なポテンシャルが注目されている。こうしたガラスの性質を参照しつつ、このコンペでは、ガラスがもたらす映像性を、インスタレーションやプロダクトではなく、建築の空間として提案してほしい。